ドアの前でオレが鍵を開けるか否か迷っていると、廊下側がいつの間にか静かになっている事に気付いた。でもドアの前には間違い無く城之内の気配が感じられていたので、オレは恐る恐る鍵を開けてドアを開いてみる事にする。
ギィ…という音と共に重厚なドアを開けると、瞳を真っ赤にした城之内が立っているのが目に見えた。オレと目が合うとみるみる内に琥珀の瞳に涙が盛り上がってきて、やがて表面張力に耐えきれなくなったそれがボロボロと頬を零れ落ちる。
………。こ…これは…っ。オレはもしかして…、いやもしかしなくても…っ。
城之内を泣かせてしまったのか…っ!?
うっくえっくと嗚咽を漏らしながら涙を流し続ける城之内にこちらの方が呆気に取られてしまい、何だかとんでもない罪悪感に襲われてしまう。
こんなところをメイドにでも見られたら事だと、オレは慌てて城之内の腕を掴み部屋の中へ強く引き込んだ。
袖口で涙を拭いながらそれでも泣き続けている城之内は、オレの手に引かれ黙って部屋の中まで付いてくる。そして部屋の中央まで辿り着いて正面から見合った途端、強く抱き込まれてしまった。肩口に顔を埋められてえぐえぐと激しく泣かれてしまう。
「うっ…えっ…! か…海…馬…っ!! ぐすっ…!」
「泣くな…。馬鹿が」
「海馬…っ、ゴ…ゴメ…ッ!!」
「泣くなと言っているのに」
「そ…それでも…ゴメン…ッ! オレ…ハメ…外し…過ぎて…っ! お、お前に…嫌われた…かと…思…って…っ!!」
「嫌ってはいないぞ。呆れてはいるが」
「オ…オレは…ただ…っ。誕生日…だか…ら…っ。お前…に…喜んで…欲しくて…っ。お祝いが…したく…て…っ!」
「あぁ…。それは何となく理解したが…」
「ゴメン…っ! マジで…ゴメンな…っ! お前…が…こんなに…嫌が…る…なんて…っ。お…思わなくって…っ!」
「城之内…。もういいから、いい加減泣くのを止めろ」
そっと身体を離して涙でグシャグシャになってしまった顔を正面から見据えた。頬も目も鼻の頭も真っ赤に染まって、涙と鼻水で顔中大変な事になってしまっている。
本当にコイツは…と深く溜息を吐きながら、ポケットから取り出したハンカチで顔中を少々乱暴に拭ってやった。グイグイと結構力を入れて拭っているというのに、城之内は目をギュッと強く閉じて黙ってオレに全てを任せている。その様子が何だか小さな子供の様で、オレは知らず知らずの内に笑みを浮かべてしまっていた。
本当に馬鹿な奴だが、それがまた愛おしいというか何というか…。
どうしても憎めないのだから参ってしまう。
クスリと微笑み、オレは塩辛い眦に唇を押し付けた。そして涙に濡れたそこをペロリと舐め上げる。
その感触に城之内が瞳を開き、じっとオレの事を見詰めてきた。いつも明るい琥珀色の瞳がまだ涙で濡れている。
「海…馬…?」
「もう泣くな…。オレはもう怒ってはいない」
「本当…?」
「本当だ」
「でもオレ…。お前に迷惑をかけて…」
「別に迷惑だとは思っていない。ただちょっと…身の危険を感じただけ…というか…。いや、何でも無い」
「………?」
「とにかくもう泣くな。いい男が台無しだぞ」
「え………?」
キョトンとした顔でオレを見ている城之内に苦笑して、オレは着ていたスーツに手を掛けた。上着を脱いで側のソファーの背に掛けて、ネクタイも指を差し入れて解いてしまう。そしてYシャツのボタンを自らいくつか外して城之内に向かい合った。
呆然と突っ立ったままのその手を握って、優しく引き寄せて抱き締める。
「か、海馬…っ!?」
「仕方が無いな…。不器用で優しい恋人が用意してくれたプレゼントには、オレもお礼をしなければならん」
「えーと…。な…何…を…言って…?」
「執事だ何だという煩わしい三文芝居はもう終いだ。どうせならもっと分かり易い愛情表現をしろ」
「はい…?」
「オレの誕生日を祝ってくれるのだろう? だったらいつも通りのお前のやり方でオレを愛せばいい」
「………っ!!」
腕の中でビクリと身体を震わせた城之内は、慌てたようにオレの顔を凝視していた。それにわざとニヤリと笑ってやって、ポカンと開いている唇に自分から口付ける。唇を啄むようにキスをしてチュッ…という音と共に離れると、次の瞬間には城之内が嬉しそうに満面の笑みを浮かべてくれた。
全く…。こういうのを何て言うんだったか…。
泣いた烏がもう笑った
…だったかな…?
何はともあれ幸せそうにオレに抱きつく城之内の背を抱き締めポンポンと叩いてやり、オレは小さな溜息を吐きつつ苦笑した。
仕方が無い。自分でも理解出来ない程にコイツの事を愛してしまっているのだから。いくら常に冷静なオレだとて、愛した男に本気で泣かれるのは辛いのだ…。
「海馬…海馬…っ」とオレの名前を呼びながら嬉しそうに擦り寄る城之内の耳元に、オレは自らの本心を打ち明けた。この後はベッドの上で酷い事になるのだろうが、まぁ…構わないだろう。
こんなに幸せな気持ちを恋人と分かち合えるのならば…な。
END5『愛しているぞ…』
もう一度最初からやる?