完全に俯いて落ち込んでいる城之内にオレは軽く溜息を吐くと、仕方無いと言った感じで声をかける事にした。
 やれやれ…。本当はこういうのは本意では無いが、少なくても愛していると思っている男を本気で悲しませる程、オレは外道では無いのだ。

「分かった…。では何かして貰おう」

 オレの言葉に城之内がパッと顔を上げる。その顔に浮かんだ鮮やかな笑みに、こちらはつい苦笑してしまった。
 本当に分かり易いというか何というか…。そういうところが憎めないんだと思う。

「ただしマッサージは無しだ。やるなら何か別の事だな」
「うん。何でもやるよ。オレは今日はお前専属の執事なんだから。何でも言ってくれよな」
「そうだな…。では熱い珈琲でも煎れて貰おうか。そのくらいなら貴様でも出来るだろう?」
「オッケー! 任せとけって」

 心底嬉しそうな顔で返事をした城之内は、そのまま部屋に置いてあるコーヒーサーバーの前まで意気揚々と歩いていった。燕尾服の上着を脱ぎ袖を捲り上げて、下手な鼻歌を歌いながら楽しそうに珈琲を煎れる準備を始める。
 珈琲好きなオレの為に常に部屋に置いてあるコーヒーサーバーは、城之内も何度か使った事があるので使い方は熟知していた。
 棚から珈琲豆を取り出してきちんと秤で量って、手引きのミルでガリガリとグラインドし始めた。次にお湯で暖めた器具に紙フィルターをセットし、そこに挽いた豆を煎れて器具を軽く叩き平らにならす。沸騰したお湯を珈琲用の先が細い薬缶に入れ替えて、少量のお湯を注ぎ入れて蒸らし始めた。挽いた豆がむっくりと膨らんでくるのを見て、様子を見ながら弧を描くようにお湯を継ぎ足していく。ある程度注ぎ入れたら器具を外して、サーバーに溜まった珈琲をお湯で温めておいたカップに注ぎ、それを盆に載せて持って来た。

「おまたせ」

 にこやかな笑顔で持って来た珈琲を、城之内はテーブルの上に丁寧に置いた。辺りに芳ばしい珈琲の香りが漂う。
 城之内の一連の動作をソファーに座って見ていたオレは、手際の良さに思わず感心してしまっていた。
 最初の頃は「珈琲なんてインスタントでいいんだよ!」なんて言っていた城之内だったが、一度オレが本格的に煎れてやった珈琲を飲ませてみたところ、そんな暴言は二度と吐かなくなった。そのかわり器具の使い方を教えろとしつこく詰め寄るようになり、気が付いたらプロ並みに珈琲を煎れられるようになっていたのだ。
 テーブルに置かれた珈琲をソーサーごと持ち上げて、カップの取っ手に手を掛けた。一口飲もうとカップを持ち上げたところで、目の前に突っ立っていた城之内と目が合ってしまう。
 妙に期待に満ちた目を爛々と光らせているのを見て、意図せず緊張してしまった。そのせいで加減が出来ずに、まだ熱い珈琲を思いっきり啜ってしまう。

「あつっ………!」

 途端に舌に感じた熱さに、急いでカップをテーブルに戻した。
 口元に手を当てているオレに、城之内が慌てて近寄って来る。

「海馬…っ? どうした!?」
「だ、大丈夫だ。ちょっと…火傷した」
「うわ…大丈夫かよ。ちょっと舌見せてみな?」

 城之内の言葉にオレは素直に舌を出してみせた。ヒリヒリと痛む舌先が、冷たい空気に触れて気持ち良く感じる。
 出された舌をじっと見ていた城之内は、顎に手を当てて「うーん…」と唸っていた。

「先っぽちょっと赤くなってるな…。でも別に大した事なさそうだ。痛い?」
「いや…、特には」
「でも一応消毒しておこっか」
「え…?」

 気が付いたら城之内の顔が近くに寄ってきていて…そのままキスをされる。少し開いていた口の中に城之内の熱い舌が入ってきて、未だにヒリヒリと痛みを訴えるオレの舌先をねろりと舐め取った。

「んっ………!」

 火傷をしているせいなのか、いつも以上に過敏に感じる快感に、思わず城之内が着ている燕尾服のベストを強く握りしめた。城之内もオレが感じている事に気付いているようで、そのまま深く唇を合わせたまま舌で口内を蹂躙し続ける。

「ふっ…ん! んんっ…!!」

 どのくらいキスを続けていたのだろう。随分長い事舌を絡ませていたオレ達は、互いに息苦しくなって顔を引き離した。てろりとお互いの舌先から唾液の糸が零れ落ちて、その間を細い糸が繋いでいる。
 それを指先で拭いながら上がった息を整えているオレに、城之内は至極男臭い顔をして笑って言った。

「どうしよう、海馬。オレ…今もの凄くヤリたくなってきちゃった」
「………。ふぅ…」
「何でそんな呆れたような顔してんの」
「ような…では無い。呆れているのだ。どうせこうなるんだろうなとは思っていた」
「うっ…! ゴ…ゴメン…」
「まぁ構わん。好きにすれば良い」
「え? マジで!?」
「あぁ。あ、でもまだ珈琲を飲んでいなかったな…」
「そんなもん! オレがまた後で煎れてやるよ!!」

 慌てたようにオレを抱き寄せた城之内は、耳元で小さく言葉を紡ぐ。その台詞に余裕が全く感じられなくて、オレはついつい笑ってしまった。
 本当に…何というか…。憎めないとはこういう事なのだな。
 



END2『珈琲はまた後で…』

もう一度最初からやる?