真剣な城之内の瞳に情欲の色は全く見えなくて、オレは諦めたように嘆息した。

「わかった…。では少しやって貰おう」

 そう告げると心底嬉しそうな顔をして城之内が笑う。こういう瞬間が本当に犬みたいに見えて、オレは思わず吹き出してしまった。クスクス笑っていると、城之内が背後から覗き込んでくる?

「何? 何で笑ってるの?」
「別に…何も」

 一瞬訝しげな顔をしたものの、城之内はそれ以上何も言わず、オレにスーツを脱いでソファーに俯せになって寝っ転がるように指示をした。それに素直に従って、スーツの上着を脱ぎネクタイも解いて城之内に手渡す。城之内は受け取ったそれを丁寧にハンガーに掛けて、自分も燕尾服の上着を脱いで近寄って来た。

「首、苦しいかもしれないから…。Yシャツのボタン、首元だけ外しておいて」
「分かった」

 オレは城之内の言葉に、Yシャツのボタンをいくつか外して首元を楽にすると、そのままソファーに俯せに寝っ転がった。身体を伸ばして急に楽になった為、オレは深く息を吐き出して手元にあったクッションに顔を埋める。クッションの柔らかい感触に癒されて再び大きく息を吐くと、頭上からクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「大分疲れてんな、海馬」

 笑いながらもどこか心配そうに吐かれた台詞に、だがオレは答えない。何故ならばその言葉と同時に、城之内の熱い掌がオレの背中に降りてきたからだ。
 Yシャツの上から城之内の掌が背中を上から下へ、そして下から上へと撫でていく。暫く背中を撫でていた手が肩に絡まり、そこをゆっくりと強く握ってきた。何度かギュウギュウと筋肉を揉み解され、そして両手の親指が首の後ろを解し始めた。項から肩まで筋肉の筋にそって、何度も上下してそこを揉み解す。そしてまた掌は背中に戻っていって、背筋を丁寧にマッサージされた。

「気持ちいい?」

 優しく尋ねて来るその声に、オレは素直にコクリと頷く。首から肩、そして背中にかけての筋肉が懇切丁寧に解けていって、心底心地良いと感じる事が出来た。ソファーに身体を預け、城之内のマッサージに完全にリラックスして全てを任せる。本当に幸せだと思った。
 だが…頭のどこかで何かが足りないと訴えかけているものがある。
 最初はそれに気付かなかった。だが時間が経つに連れて、その思いがどんどん強くなってくる。その思いの正体が何なのか、オレは気付きたくは無かった。だけど…気付いてしまった。気付かざるを…得なかった。
 この頃オレも城之内も仕事に忙しくて、二人きりで会う事が全く無かったのである。電話やメールで連絡は取っていたものの、この様に互いの身体に直接触れ合う事は久しぶりだった。この久しぶりの結果が何を招いたのかといえば…、つまり…どういう事かというと…。そうだ、そういう事なのだ。
 オレは城之内のマッサージを受けながら、欲情してしまっていたのである。
 一度その欲求に気付いてしまえば身体というのは簡単なもので、先程までは全くそんなつもりは無かったというのに、あっという間にその気になってくるから不思議なものだ。
 自分より体温の高い城之内の掌が首筋や肩や背中を這う度に、オレの身体も熱くなってくる。それを無理して我慢しているから、汗までかいてきてしまっていた。
 はっきり言って、もうこれ以上我慢するのは限界だった。
 だが一体どうすれば良いと言うのだろう?
 この状態を素直に城之内に伝えてみるか…。さもなくば何とか我慢するか…。
 



A・やっぱり我慢を続ける

B・我慢しないで素直になってみる