「いらっしゃいませー。お弁当温めますか? あぁはい、畏まりました。千円お預かり致します。はいこちら四百五十円のお返しですー。ありがとうございましたー!」

 人の良さそうな笑顔を満面に浮かべて客の応対をしている城之内は、まるでこちらには気付いていないようにも見える。だが時折こちらに視線を寄越すところを見ると、やはり気付いているのだろう。一通り客の対応が済んだ後、城之内は手に小さなビニール袋をぶら下げて、コンビニの入り口付近に突っ立っていたオレの側に近寄って来た。
 その顔は今まで他の客に見せていたものとは違い、随分と困惑した表情になっている。

「何? どうしてこんなところまで来たの…」

 呆れたように溜息混じりで呟かれた一言に、流石のオレもムカッとした。

「どうしてでは無い。貴様が約束の時間になっても来ないから、こちらから迎えに来たのだ」
「悪いけど今すぐには帰れないぜ。あと一時間は無理」
「何故だ。今日の仕事は七時まででは無かったのか」
「その筈だったんだけどね。オレと交代する予定だった人が急用が出来たとかで、二時間遅れるって連絡が来たんだよ。だからその人が来るまで、オレ離れられねーの」
「何だと…? だったら何故その旨をメールして来ないのだ」
「夕方は忙しくて連絡メール打つ暇なんて無いの。今漸く客が捌けたとこなんだよ」
「せっかく…久しぶりに一緒に夕食を楽しめると思ったというのに…」
「うん、ゴメン。食べずに待っててくれたんだよな。だから腹減って余計に苛々してるんだよな」
「………」
「大体いつものお前に比べたら、こんなの可愛いもんだろ? 残業だ何だっつって、いつも約束破るのはそっちじゃねーか」
「そ、それは…っ!」
「ほらほら、そんなにむくれた顔しないで。あと一時間したら速攻帰るからさ」
「本当だな…」
「本当だってば。だから先に邸に帰っててよ。お腹空いてるならコレでも食べて我慢して」

 そう言って城之内が差し出した小さな袋を、オレは何気なく受け取ってその中身をマジマジと覗いてみた。
 何か白い紙に包まれた丸い物が一つ入っていて、触れてみるとホカホカと温かい。

「何だ…これは…?」

 袋の中身の正体が本気で分からなくてそう尋ねると、城之内は一瞬驚いたような顔をした後に苦笑して「ピザまんだよ」と教えてくれた。

「ピザ…まん?」
「うん、ピザまん。肉まんの洋風ヴァージョンって感じかな。お前チーズ好きだろ?」
「チーズは好きだが、こんな庶民の食べ物に興味は無い」

 肉まんという食べ物がある事は知っていたので、袋の正体が分かったオレはすかさず城之内にそれを返そうとした。だが、再び城之内の手によって、それはオレの手元に返って来てしまう。

「いいから食べてみろって。美味いから。食わず嫌いはいけないぜ、海馬君」
「貴様…っ。オレを馬鹿にするのか!?」
「馬鹿になんてしてないから落ち着けって。てか、マジで腹減って苛々してんだな。どうせ車で来てんだろ? 悪い事言わないから、車ん中でコレ食いながら帰りな」
「じ…城之内…っ! オレは本当にこんなものいらな…っ」
「はいはい。マジでいい加減帰って下さい。仕事の邪魔ですから」

 すっかり仕事モードに入ってしまった城之内に背を押され、オレは無理矢理店の外に追い出された。慌てて振り返ってみても既に城之内の姿は無く、店の奥の方で何か尋ねている客に笑顔で応対している。
 仕方無く道路脇に待機していたリムジンに乗り込んで、邸に向けて発進させた。
 滑るように走り出したリムジンの中で、オレはしぶしぶといった風体で城之内に貰ったビニール袋の中に手を突っ込んだ。カサカサと音を起てて取り出した温かい物を包んでいる紙を剥いて、中から現れた白いホカホカの固まりにかぶりつく。
 途端に爽やかなトマトソースの酸味と濃厚なチーズの味が口の中に広がって、租借したそれを飲み込むと、空腹を訴えていた胃が至極満足するのを感じた。

「ふむ…。確かにこれは美味いな…」

 窓の外の流れる景色を何となく見ながら、結局城之内に貰ったピザまんを全部食べてしまった。
 勿論これだけで空腹が収まる訳では無いが、お陰であと一時間くらいなら余裕で我慢出来そうだ。

「ふん…。仕方が無い。これで我慢してやるから早く帰って来い」

 ピザまんを包んでいた紙をクシャクシャに丸めながら満足げに呟いて、オレは一時間後に思いを馳せる事にした。

 




城之内君が渡したピザまんは、多分廃棄品w