泣き腫らした顔を恥じて「顔を洗いにいく」と行って洗面台に消えていった海馬は、それから暫くしても帰って来なかった。
 深夜のテレビ番組を眺めながら海馬が戻って来るのを待っていたんだけど、普段見ない時間帯の番組は何一つ面白く感じられない。結局オレはテレビの電源を落として立ち上がり、奥の寝室へと向かって、敷かれていた布団の片方に潜り込んだ。
 高級そうな羽毛布団に首まで埋めながら、オレは少し落ち込んでいた。
 海馬を泣かすつもりは全く無かった。あのネタバラシの瞬間は、オレの中ではもっと幸せな瞬間だった筈だったのに。
 いつも仕事仕事でオレの事を邪魔者扱いするから、海馬があんなに寂しがっているなんて思いもしなかったんだ。むしろ仕事の邪魔をされなくて清々しているんだとばっかり思ってた。
 だけどそれは…オレの考え違いだったんだ。
 海馬と付合って丸三年経つというのに、オレは全然アイツの事を分かってあげられなかった。海馬の事ならもう何でも理解出来るつもりでいたのに、それはただの自意識過剰なだけだったんだ。
 結局オレは何一つ成長しちゃいない。ずっとあの頃の…海馬と付合い始めた頃の凡骨のオレのままだ。
 恩を返すつもりで企画したこの誕生日プレゼントが、心ならずもアイツを苦しめる結果になった事に、オレは大きなショックを受けていた。

「はぁ~…」

 大きな溜息を吐いて、オレは隣の布団をチラリと見遣る。ただ顔を洗いに行っただけなのに、海馬はまだ戻ってきていなかった。
 もしかしたらまだ怒っているのかもしれないと思ったら、海馬が来る方向を見ているのも辛くなる。空の布団に背を向けるように、オレはごそりと向きを変えて、布団の中で身体を丸めた。そして、もう眠ってしまおうと目を瞑る。
 本当は…この後も海馬を抱くつもりでいた。この後もっていうか、むしろこの後がメインだった筈なんだけど。
 庭でのセックスはちょっとした事故みたいなもんだ。我慢出来なくてついつい手を出しちゃったけど、むしろあの事故が救いになっている。
 望んだ場所でのセックスは出来なかったけど、少なくても海馬を抱いた事には違いない。実際すっげー気持ち良かったしな。それに風呂上がりの海馬のリラックスっぷりを見ていたら、もうそれだけで十分なような気がしてきた。
 もうこれ以上自分勝手な行動で海馬を困らす事は出来ないと、少し意識が遠のいてきた頭で考えていた時だった。
 遠くの方でバタンと扉が閉まる音が聞こえ、次いでペタペタと裸足で畳を踏む足音が近付いてくる。パチンという音と共に瞼の向こう側が少し暗くなったのを感じて、海馬が居間の電気を消したんだな…と思った。
 ペタリと寝室に入ってくる気配と共に、シュッと襖が閉められる音がする。そしてその後は何の音もしなくなった。

 見られている…。

 何故か確信的にそう思った。オレは海馬がいる方向には背を向けているし、目も瞑っているから状況が目に見えている訳じゃない。でも背後からの視線を痛い程に感じていた。
 海馬は随分長い事オレの事を見詰めていた。視線は感じるけど、海馬が何を思っているのかまでは分からない。
 寝ないのか…?と訝しげに思い始めた時、背後でシュルッと衣擦れの音がした。ついでにパサリと大きめの布が畳に落ちる音がする。
 タオルでも落としたのかと思いつつ気配を探っていたら、背後の空の布団に海馬が膝を付くような動きを感じた。あぁ漸く眠るのかと少し安心する。海馬が本当にまだ怒っていたのなら、眠っているオレを叩き起こしてでも怒鳴るだろうと覚悟していたから。
 そのまま大人しく眠るという事は、もう海馬の怒りは解けたという事だ。
 良かった良かった。オレのせいとは言え、せっかく温泉旅館にまで来たのにいつまでも怒っているのは馬鹿らしいからな。だから海馬が隣の布団ではなく、こっちの布団を捲ってオレの背後に潜り込んで来ても何の不思議も…。

 って、えええぇぇぇぇぇーっ!?

 ゴソゴソとオレの背後に潜り込んで来た海馬は、オレの背中にピッタリと張り付き、更に横向きに寝ていたオレの腰に手を回しギュッと力強く抱き寄せてきた。背中からじわりと広がる熱が妙にリアルで、眠気は一気に覚めて心臓がバクバクと煩く高鳴りだす。

「な、な、な、ななな…何だっ。どうした海馬…っ?」

 余りの予想外の展開にしどろもどろしながら問い掛けても、背後からの答えは無い。その代わり、オレの肩口に強く額が押し付けられる。
 こんな海馬の態度は初めての事だった。丸三年間付合ってきて、オレが海馬のベッドに忍び込む事は何度もあっても、その逆をされた事は一度も無い。
 普段とは真逆のシチュエーションにオレの緊張はMAXで、心臓の高鳴りは治まる事を知らず、激しい血流に手指の先まで震えてきた。その震える手で腰に回る海馬の手に触れ、滑らかな肌をそっと上へと辿っていく。手首から腕へ、尖った肘を撫でて上腕へ。そして少し無理な姿勢で肩まで辿りついた時、オレはとんでも無い事実に気が付いた。
 な、何で…。

 何でコイツ何にも着てないんだよ…っ!?

 余りの事にオレの目はついにバッチリと開いてしまう。
 オレの腰を抱き締めている手を強く掴みそこから引き剥がして、そのままくるりと身体を回転させる。柔らかい布団の上に縫い留めて上から見下ろしたその身体は…素っ裸だった。念の為布団の中で海馬の腰の辺りを探ってみたけど、予想通りというか何て言うか…下着も着けていなかった。

「っ………!」

 白い布団の上に同じくらい白い肌をした細い身体。薄闇に包まれた寝室は、枕元に置いてある行燈の柔らかいオレンジ色の光だけが照らしていて、海馬の肌がそのオレンジ色の光を受けて白く浮き上がっている。
 海馬を見下ろすこの光景は至極見慣れたものだったけれど、いつものベッドとは違う畳の上に直に敷かれた布団だとか、洋風のサイドランプでは無く行燈だとか、側に脱ぎ捨てられているのが白いパジャマでは無くて浴衣だとか、そういうものがいつもの雰囲気とまるで違って、それら全てがオレの興奮材料になっていた。
 更にオレに違和感を感じさせたのが、海馬の表情だった。
 いつもはまるでオレに挑むように鋭く睨み付けてくるその視線が、今は目元を赤くして熱っぽく潤んでいる。
 余りのその色っぽい姿態に、思わずゴクリと生唾を飲んだ。

「何…?一体どういうつもり…?」

 そのまま有無を言わさずがむしゃらに抱き締めたいのを何とか我慢してそう問い掛けると、海馬は顔を真っ赤にしてプイッと横を向いてしまった。

「どういうつもりとは…?」
「だ…だから…その…、お前がこんな事してる意味を聞いてるんだけど…」
「そういう貴様こそどういうつもりなのだ。いくら凡骨でも、オレがここまでする意味を悟れない程馬鹿ではあるまい」
「うん…分かってるよ。だからそれを素直に受け止めてもいいのかって意味で聞いたんだ」
「では逆に聞くが、これを素直に受け止めなくて、一体どう受け止めろとでも?言っておくがオレは裸で寝る癖は無いし、何の用もないのに他人の布団に潜る趣味も無いぞ」

 横を向いたまま、視線だけでチラリとオレを見詰めてくる。目元とこめかみと頬が真っ赤に染まっていて、それがとても綺麗だった。
 再びゴクリと喉を鳴らして、オレはもう何も言わずに海馬の身体に覆い被さる。その白い身体に体重を載せると、首元に長い腕が絡まってきた。晒された細い首元に軽く唇を寄せただけで敷いた身体がビクッと震え、喉元がコクリと動くのが見える。
 はっきり言って、もう我慢の限界だった。
 せっかく人が黙って眠ってやろうと思っていたのに、この罪作りな恋人は一体どこまでオレを翻弄すれば気が済むのか…。余りの嬉しさに、にやついた笑みが止まらない。

「もう止まれないからな。覚悟しろよ…」

 興奮し過ぎて乾いてきた唇を舌で舐めながらそう囁いたら、上気した頬を更に真っ赤にさせて海馬が瞳を閉じた。

「分かっている。好きにするがいい…」

 まるで自棄を起こしているかのような海馬の言葉に、オレはクスリと笑ってしまった。
 何が好きにしろだ。巫山戯んな、いい加減にしろ。お前だってオレと同じくらい相手の事を欲しがっている癖に、本当に素直じゃないんだからな。
 小憎たらしい…だけど世界で一番大事なオレの恋人。愛しい愛しいオレの海馬。
 そんな最愛の恋人と深く愛し合う為に、オレはその身体に深く身体を沈めていった。
 



 「んっ…。ふっ…ぅ…っ」

 静かな寝室にピチャピチャという濡れた音が響いている。激しく舌を絡め合いながら、オレは海馬の開かれた足の間に身体を割り込ませた。そして片膝でグイッと股間を刺激してやると、途端に「んっ…!」という余裕の無い声をあげてビクリと反応する身体に、更に深く欲情を煽られていく。
 熱く濡れた口内を一通り舐め回して一旦唇を離すと、まるで離れたく無いとでもいうように、互いの舌先からとろりとした粘液が繋がっていた。それをもう一度キスをして舌に絡め取り、チュッと吸い取ってしまう。
 散々吸い付かれて真っ赤に腫れ唾液に濡れた唇を開いて、海馬はハァハァと呼吸を荒くしていた。

「熱い………」

 まるで譫言のように紡がれたその言葉に、オレもいい加減邪魔になっていた上掛けを剥いでしまう。途端に目の前に美しい白い裸体が現れた。枕元のオレンジ色の光を浴びて、身体全体が幻想的に浮かび上がる。
 思わず「綺麗だな…」と呟いたら、白い身体がサーッと桜色に染まっていった。

「嘘だ…っ」
「嘘じゃないよ。何で嘘だって思うんだ?」
「オレは…女じゃない…。男だぞ…」
「男でも綺麗なもんは綺麗なんだから仕方無いだろ?」
「だ…だが…」
「ストップ!それ以上下らない事言ったら許さないぜ。どうせお前の事だから、胸が無いだとか余計なモノが付いてるだとか言うつもりだったんだろうけど」
「っ………」
「図星だった訳ね。まだそんな事気にしてたのかよ」
「城之内…」
「ホント…困った奴だね。でもお前にそんな不安な気持ちを抱かせてしまったのはオレの責任だから、これ以上は何も言わないでおくよ。だからお前も余計な事気にしないで、こっちに集中してくれるかな?」

 そう言って、オレンジ色の光に浮かび上がる真っ赤な乳首に指を這わせると、海馬がビクッ…と大きく身体を跳ねさせる。
 そこはもう硬くしこっていて、勃ち上がった乳首を押し潰すように愛撫していると、海馬がイヤイヤをするように首を左右に振っていた。

「いっ…!痛…い…っ」
「ん…?痛い?」

 潤んだ瞳で睨み付ける海馬の視線を受け止めて、オレは改めて赤い乳首をじっと見てみた。さっき庭で散々弄った乳首は、確かにいつもより赤く染まってぷっくりと腫れてしまっている。
 うーん…、確かにこれじゃちょっと痛いかもしれないな…。慣れない環境に興奮して、やり過ぎちゃったのかもしれない。

「ゴメンゴメン。優しくするから」

 慌ててその場所から手を除けて、代わりに顔を近付けた。硬く勃ち上がった乳首にさっきと同じようにフッと息を吹きかければ、またピクリと身体が反応する。
 その敏感さに嬉しさを感じつつ、硬い突起を舌で柔らかく舐め上げた。唾液を擦り付けるように乳首や乳輪を丁寧に舐めて、灯りに反射する程濡れた乳首を口に含んで、ジュッと軽く吸い上げる。

「っ…!ふぁ…っ!」

 途端に仰け反って甘い声をあげる海馬に、オレは乳首を口に含んだまま笑みを浮かべた。
 何だかんだ嫌がってる割りに、やっぱり胸は感じやすいらしい。ビクビクと震える身体を押さえつけて胸への愛撫を続けていると、「あっ…あっ…」と断続的に喘いでくれた。
 その姿に心底可愛いなぁ…と感動しつつ、空いている手を下方に伸ばしてスラリとした足をそっと撫でる。膝頭をつっと撫でると、まるでそれが合図のようにゆっくりと片膝が立てられた。その一連の動作にニヤリと笑いつつ、掌を内股へと滑り込ませる。滑らかな肌をさわさわと撫でただけで、海馬の腰が揺らめいた。
 多分自分の腰が勝手に動いてしまっている事に、海馬自身は気付いていないんだろうな。オレが「腰、動いてるぜ」と指摘すると、途端にハッとした顔をして身体の動きを止めてしまった。それでもしつこく内股を撫でていると、またユラユラと腰が浮いていく。
 身体はこんなに正直なのに、御本人はどうして素直になれないのかねぇ…。
 でも、そんなところも可愛いと思ってしまうんだから、オレの方も重病だ。そんな事はとうに分かっている。そうなる事を選んだのは、他でもないこのオレだったから。

「海馬…、可愛い…」

 柔らかい内股の皮膚を撫で擦りながら囁いたら、海馬が潤んだ瞳を開けてオレを見た。その瞳が「もっと」と言っているのに気付きながらも、敢えてそれを無視してもどかしい愛撫を続ける。
 海馬の股間のモノは、もうとっくに硬く勃ち上がってしまっていた。海馬が腰を動かす度にユラユラと揺らめいて、先端からはトロトロと先走りの液を零れさせている。だけどオレは敢えて肝心な場所には触らずに、わざと際どいところを指や掌でスッと軽く撫でるだけの愛撫を続けていた。

「あっ…、っう…!」

 その度に海馬は首を振り、大事なところをオレに触って欲しいと腰を持ち上げて意思表示する。
 その余りの淫らな痴態に、こっちがどうにかなりそうだった。

「はっ…ぅ…っ。あぁっ…!」

 根本の辺りを指の腹で擽るように撫でていると、グイグイと海馬が腰を押し付けて来る。そして日本人離れした長い腕が布団から投げ出され、いつ見ても綺麗な形をした爪でカリリと畳の縁を引っ掻いた。
 いつもはベッドのシーツを掴む長い指が畳を引っ掻くその妖艶な様に、ドキリと胸が高鳴り頭にカッと血が昇っていく。

「海馬…。触って…欲しい?」

 興奮に震える声でそう尋ねたら、海馬がコクコクと頷くのが見えた。
 本当は言葉にして言って貰いたかったけど、流石にこれ以上の意地悪をするつもりは無い。今日は(正しくはもう昨日だけど)海馬の誕生日だから、なるべく優しくしてやりたかった。
 トロトロの粘液で濡れまくっているペニスに手を伸ばし掌で軽く握ると、それだけでヌルリと指が滑った。

「うぁっ………!」

 待ち望んだ刺激に海馬の身体が大きく跳ねる。強く瞑った眦から、涙がホロリと零れ落ちた。ゆっくりと手の中の熱を握り込むだけで、海馬の身体はピクピクと震え、口からは甘い喘ぎが漏れていく。
 ペニスを握ったまま先端にくちっ…と人差し指の爪を差し込むと、海馬はまた身体を跳ねさせて、涙で濡れた瞳でオレをじっと見詰めて首を振った。

「やっ…!それは…もう…嫌だ…っ」
「何で?気持ちいいんでしょ?」
「い…痛い…っ」
「だからさっきも言ったけど、お前は少し痛いくらいの方が気持ちいいんだってば」
「ち…違っ…!あぁっ…!」
「ほら、感じてる…」

 ぱっくり割れた先端に爪を深く食い込ませて、ぐちぐちと音を起てて刺激する。その度に海馬はビクビクと大きく身体を震わせて、畳をガリッと引っ掻いた。
 その様は至極色っぽいんだけど、口の方は余りにも「痛い」「止めろ」と騒がしい。本当は泣く程気持ちがいい癖に、困った奴だ。
 仕方が無いからペニスを弄る手を一旦止めて、溜息混じりに問い掛けてみた。

「しょうがないなぁ…。じゃあ海馬、お前に選ばせてやるから」
「っ………?」
「このまま爪でイかされるのと、舐められてイかされるの。どっちがいい?」
「は………?」
「ね、どっち?」
「お…お前…、何を言って…」
「二択だよ。ほら海馬、どっちがいい?」
「うっ………!」

 海馬の答えを促すようにペニスをギュッと強く握ると、手の中の熱がヒクヒクと震え海馬が苦しそうな声をあげる。
 ほらほら、どっちだ?お前がもう限界なのは、オレにもよーく分かっているんだからな。
 オレが答えを求めてじっと見詰めていると、海馬もオレが本気なのを感じ取ったらしい。顔を真っ赤に上気させ、ブルッと大きく身体を震わす。そして細かく痙攣する口で、辿々しく答えを導き出した。

「つ…爪は…嫌…だ…っ」

 半分泣いている声でそんな可愛い事を言われて、聞いた瞬間に全身がカーッと発熱したのを感じた。
 潤んだ目元を紅く染めて、しゃっくり上げながら告げられた言葉に、息が苦しくなる程の興奮を覚える。何て言うかもう、想像以上の破壊力だ…。
 本当は「舐めて欲しい」とちゃんと言葉で言わせたかったんだけど、これでも十分過ぎるというか、これ以上興奮させられたらオレの方が先に参ってしまいそうだった。
 恥ずかしい言葉を言わされて、羞恥心に耐えきれなかったんだろう。充血した青い瞳から涙をボロボロ零しながらオレを見ている海馬にコクリと頷いて、オレは自分の身体を下方にずらした。

「舐めてあげるから、ちゃんと足開いて…」

 小さな膝頭に掌を載せてそう言ったら、その足は自らの意志でそろりと左右に開かれた。白い足の間にそそり立つペニスが、快感の期待にフルリと震える。
 グショグショに濡れているそれを手に取って、竿の部分をキュッと握り顔を近付けた。相変わらずトロトロといやらしい粘液を零している先端をそっと舐め取ると、それだけで海馬の腰がビクリと跳ね上がる。

「あっ………!」

 張り詰めたペニスを口に含んで、さっきまで爪で弄っていた先端に舌先を潜り込ませると、海馬の腰がブルリと震えて甘い声をあげてくれる。ヒクヒク震える下腹部を見ながら丁寧に舌を這わしていたら、畳を引っ掻いていた指がオレの頭に伸びてきて、髪の毛をギュッと強く掴まれてしまった。
 ちょっ…!い、痛い…っ!止めて、マジで止めて。そんなに引っ張らないで…っ!抜けちゃうから…っ!髪抜けちゃうから…っ!!
 感じ過ぎて訳分かんなくなってるのは仕方の無い事だけどさ、髪の毛掴むのだけは本当に止めて欲しい。爺になったら禿げるのは仕方無いとしても(ほら、オレ無駄にエロイしさ)、こんな若い内から禿げたくは無い。

「海馬…。ちょっと髪…痛いんだけど…」
「くっ…。はっ…あぁっ!」

 くびれの部分を指先でグリグリと刺激し、裏筋を根本からつつーっと舐めながらそう伝えてみたら、どうやらオレの意志は伝わったらしい。髪の毛を掴んでいた指がそっと離れていき、畳の上へと戻っていった。
 再びカリカリと畳が引っ掻かれる音がするのを聞きながら、オレはもう一度手の中のペニスを口に含む。パンパンに膨らんだペニスはもう達するのは時間の問題で、射精を促すように先端に軽く歯を当てれば、それはオレの口の中であっという間に弾けてしまった。

「ひぁっ!あっ…ぁ…ん…っ!あぁっ…あ…う…ぁ…っ…あ……ぁ………」

 細く長く悲鳴を伸ばして、海馬が果てる。布団の上にぐったりと身を横たえ、達した余韻でピクピク震えるその姿はとんでも無く淫らで…そして本当に美しかった。
 口内に溜まった精液をゴクリと飲み込みながら、目の前で繰り広げられている海馬の痴態に感動した。
 ヤベーよ、これ…。マジで超興奮する。
 ドキドキしながら横たわっている海馬を眺めて…、そしてオレは大事な事に気が付いた。

「あ、しまった。失敗した」

 オレの素っ頓狂な声に、ぐったりとしていた海馬が瞳を開けて訝しげに見詰めてきた。「何…だ…?」と少し掠れた声で尋ねてくるその声に、オレは頭をガシガシ掻きながら『失敗』の内容を告げる。

「ゴメン。後ろ慣らすのにお前が出したのを使おうと思ってたんだけど…。全部飲んじゃった」

 オレのその言葉に海馬は一瞬時が止まったかのように動きを止め、やがてみるみる顔を赤くしていった。そして畳の上に落ちていた手が動いて頭上の枕を掴むと、それをオレに向けてぶん投げて来る。バフンと枕がオレの顔にクリーンヒットすると同時に「この痴れ者が!!」という怒鳴り声が聞こえてきたけど、余り気にしない事にした。
 海馬が怒りではなく羞恥でこういう行動に出ている事はよく分かっているし、それに一々こんな事を気にしていたらコイツとのセックスなんて出来やしねーからな。
 トサッと海馬の下腹部に落ちた枕を除けつつ、オレはニヤリと笑ってみせる。

「飲んじゃったものは仕方無いしさ。それじゃぁ舐めて慣らしますかね」

 オレの笑顔と言葉に海馬がヒクリと頬を引き攣らせるのを見て、ますます興奮してくるのをオレは感じていた。
 



 顔を赤くして睨んで来る海馬を無視して、オレはその細い身体を布団の上に俯せに寝かした。そして膝を立てさせて腰だけを高く上げさせる。白い双丘を両手で割って、現れたピンク色の蕾にそっと唇を近付けていった。

「じ…城之内…っ」

 戸惑ったような海馬の声が聞こえたけど、それを無視してひくつく後孔にキスをする。そしてねっとりと盛り上がった穴の縁に舌を這わせると、海馬はそれだけで甘い声を漏らし身体をビクリと震わせた。
 後孔全体に唾液を擦り付けるように舐め回して、やがて綻んできたのを見計らって体内に舌を進入させる。
 そこはもう…発熱したかのように熱く濡れていた。

「あっ…、くぁ…っ!」

 じゅくじゅくとわざと濡れた音が鳴るように舌を出し入れするたびに、海馬が布団のシーツを力強く握ってブルブルと震える。いつもだったらこんな事をしようものなら「止めろ」とか「死ね」とか罵詈雑言が飛び出してくる筈なのに、何故か今日に限って海馬は大人しかった。
 白い身体を羞恥で紅く染め、ビクビクと震えながら強く瞑った目から涙を幾筋も流している。その光景が枕元の行燈の優しい光に照らされて、余りの扇情的な姿にオレの下半身もギンギンだ。
 幸い、既に一度挿入済みのせいか、海馬の後孔はあっという間に柔らかく綻んでくれた。すんなりとオレの二本の指を受け入れて、奥を探れば熱を持った襞が柔らかく締め付けてくる。その度にオレの股間も心臓もキュッと握り潰されるような痛みを感じて、自然に息が荒くなっていった。

「今日は…随分大人しいんだな…」

 体内でグリッと指の向きを変えれば、上手い具合に海馬の前立腺を刺激したらしい。「あぁっ!」と甘い悲鳴を上げて、海馬が背を反らせてブルリと震えた。
 そのままグプグプと前立腺を撫でるように愛撫を続けていたら、緊張していた上半身をへたりと布団に落として、海馬が泣きながら「あっあっ…あんっ…」と甘く喘いだ。オレの指の動きに合わせて揺れる腰がいやらしくて堪らない。

「いつもの威勢はどうしたの?」
「うっ…!あぅ…っ」

 ググッ…と更に奥の方に指を押し込みながらそんな事を聞いたら、海馬は充血した青い瞳を開いてこちらに視線を向けた。

「もしかして…プレゼントのお礼?だから大人しく我慢してるの?」
「ち…違…う…っ」
「じゃあ何で?お前ココ舐められるの嫌いだったよな。舐めればいつも酷い文句ばっかり言ってくるのに、今日は一体どうしたの?」
「っ………!えを…が…ったら…、しいの…か…?」
「え?何て言った?」
「オ…オレ…が…っ。オレが…お前を欲し…がったら…、おかしいのか…と…言っている…っ」

 ハァハァと苦しげに息を吐き出しながら、肩越しに振り返ってそんな事を言う海馬に、オレは完全にノックアウトされた。
 身体中の血液が全て頭に昇ったような感じがする。こめかみがピクピク動く程の血流を感じ、頭の奥ではザーッという血が流れる音さえ聞こえるようだ。
 慌てて海馬の体内から指を引き抜き、未だ羽織っていた浴衣も下着も乱暴に脱ぎ捨てて、もう一度両手で双丘を割り開いた。真っ赤に充血してヒクヒク震えながらオレを誘っている後孔に、完全に勃起したペニスの先端を押し当てる。先走りの液でヌルリと滑る先端に海馬が一瞬ビクッと反応したけど、もうそれに気を遣ってあげる余裕すら無く、オレはそのまま先端を押し込んでいった。
 いつもだったら海馬の体内をゆっくり慣らしながら挿入していくんだけど、悪いけど今回は無理だ。もうこれ以上一秒だって待ちたくない。少しでも早く海馬の体内に入り込んで、熱く蕩けたその熱を直に感じたかった。

「ひっ…あっ…!あぁぁっ―――――!!」
「くっ………!!」

 グググッ…と一気に最奥まで入り込んだら、海馬が激しく痙攣して悲鳴を放つ。オレを迎え入れた海馬の体内は期待を裏切らず、熱く柔らかくそして強く、ペニスを絞るように締め付けてきた。あんまり気持ちが良くてそのまま達してしまいそうになるのを、下唇を噛んで何とか我慢する。
 襲い来る射精感と闘いながらズクズクと腰を動かしたら、海馬の背筋が大きくうねって深く息をするのが見えた。
 オレンジ色の光に照らされて蠢く筋肉を見るだけで、その色っぽさに激しく興奮する。

「あー…、もうお前…ホント凄ぇ…っ」

 熱い体内に翻弄されながら熱っぽく囁いたら、海馬が喘ぎながら首を振って泣いていた。

「やぁ…っ!あっ…あぁ…っ!」
「何が嫌…?何にも嫌じゃないだろ?」
「うっ…くぁ…!あっ…ふ…深い…っ!奥…苦し…い…っ」
「あぁそっか。お前バック苦手だったっけ」

 喘ぐ声は甘いし、前もしっかり勃起して先走りの液をポタポタと布団に零している。だから決して気持ち良く無い訳じゃ無いんだろうけど、どうやら深く入りすぎて苦しいらしい。
 せっかくの誕生日に嫌な体勢を強いるのもどうかと思って、オレは半分だけ自分のペニスを引き抜いた。そして海馬の左足を持ち上げて、一旦身体を横にさせる。

「な…何…?」

 不安がる海馬に「いいから」と宥めつつ左足の膝裏に手を入れて、長くしなやかなその足を折り曲げてオレの身体の前から引き抜いた。抜いた足をオレの右肩にかけると同時に海馬の身体も仰向けに転がして、未だ不安そうな顔をしている海馬にニヤッと笑ってみせる。

「はい、これで松葉崩しの完成です」
「は…?ま…松葉…?」
「そう、四十八手の内の一つ。このまま出し入れすると、奥の奥まで入って気持ちいいと思うよ?」
「なっ…!!や…やめ…っ!ふあぁぁっ…っ!?」

 オレの左腿の下に敷いた右足はそのままで、オレは担ぎ上げた左足だけを支えて再び腰の動きを再開させる。グリッと奥の壁に当る程深く入り込んだオレのペニスに、海馬が目を大きく見開いて身体を仰け反らせていた。
 そのままグイグイと最奥を突いていると、海馬の下腹部がブルブル震えてギューッとオレのペニスを締め付けてくる。

「あっ…と…。まだダメだってば、海馬」
「うあぁぁっ!!」

 慌てて射精しそうになっていた海馬のペニスを強く掴むと、見開いた瞳からボロボロと涙が零れ落ちていった。
 
「いやぁ…っ!じょ…の…うちぃ…っ!!」
「うん…ゴメン。だけどもうちょっと待って」
「嫌だ…っ!もう…イキたい…っ!!」
「海馬、我慢出来るだろ?」
「む、無理だ…っ!奥…深く…て…っ!あっ…あぁっ!も…ダメ…っ!!」
「仕方無いなぁ…」

 仕方無いとは言いつつも、素直に自分の限界を伝えて来た海馬に嬉しくなって、オレは思わず笑ってしまっていた。もうこれ以上意地悪するつもりは無かったので、一旦身体の動きを止める。そして未だオレの左腿に敷いたままだった海馬の右足を持ち上げて、さっきの左足と同じようにゆっくりと引き抜いてやった。持ち上げた右足を左足と共に肩に担ぎ上げれば、これでいつもの正常位の完成だ。

「ほら、これでいいだろ?」

 優しくそう囁いてやれば、海馬が濡れた瞳でオレを見上げる。オレンジ色の柔らかい光に照らされた白い顔をクシャリと歪め、震える両腕をオレに差し出してきた。身体を少し屈めてやれば、それはオレの首元に絡まっていく。
 そしてギュッと力を入れて抱き締められて、耳元で荒い吐息と共に「もっと…」と囁かれた。
 海馬にそんな風にされてしまえば、もはやオレが遠慮する理由も無い訳で…。

「海馬………っ!!」
「ひっ…!うあぁぁっ………っ!!」

 オレはそのまま身体を押し倒し、熱の籠もった海馬の体内を強く抉っていった。
 



 外は深まる秋の夜に吐く息が白くなる程寒いというのに、狭い寝室は二人分の熱が籠もってじっとりと熱いくらいだ。
 ハァハァという二人分の熱い吐息、ポタポタと流れて布団のシーツに染み込む汗、快感に耐えるオレの呻き声と、快感に翻弄される海馬の喘ぎ声。
 熱と快楽と相手に対する愛しさで頭の中は一杯で、もう気が狂いそうだった。

「あっ…!いっ…あっ…あぁんっ…!!」
「海馬…っ!海馬…っ!!」
「じょ…う…ちぃ…っ!!ひぁっ!はっ…あぁぁっ!!」

 海馬が強くオレに抱きついて、背中にガリッ…と爪を立てる。皮膚を抉られるその痛みすら、今は快感にしかならない。
 激しい動きに揺さぶられていた海馬の右足が、汗で濡れたオレの肩から滑り落ちて布団の上に落ちた。そしてそのまま無意識に膝を立てて、耐えきれぬ快感に足の指先をきゅうと丸めて布団のシーツに皺を作るのを、横目で確認する。
 余りに強くシーツを掴む足の指先が白く…そして細かく震えているのを見て、オレの興奮も最高潮に達した。ゾクゾクとした快感が下半身から湧き上がってきて、全身に広がっていく。
 海馬と繋がっている下半身が快感に重く麻痺して、もう自分の身体じゃないみたいだ。
 強く強く抱き締め合って、もう目の前に見えてきた頂点を海馬と共に越える事だけしか頭には無い。

「あぁっ!じょ…の…ちぃ…っ!!も…無…理…っ!!うっく…っ!うっ…あっ…ああぁぁぁ――――――――――っ!!」
「ふっ…!くぁ………っ!!」

 海馬がビクンッと大きく身体を震わせて、一足先にイッた。ビュクビュクとオレの下腹部に叩き付けられる生温い精液を感じながら、オレも狭くなった肉筒の最奥を一気に突く。途端に強く締め付けられる襞に限界を迎えて、そのまま海馬の体内で達してしまった。

「あ…あぁ…ぁ…ぅ…っ」

 海馬の内部に熱を放出するたびに細い身体はビクビクと震え、掠れた吐息で小さく喘ぐ。そして全ての熱を出し切ったオレがガクリとその身体にのし掛かるのと同時に、海馬も深く布団に沈み込んで大きく息を吐いていた。
 海馬の肩口に顔を埋めてゼェゼェと必死に呼吸をしていたら、背に回った手がそろりと動いてオレの頭に移動し、汗に濡れた項から後頭部の辺りを優しく撫でられた。その余りの心地良さに心からの幸せを感じて思わず泣きたくなってしまう。鼻の奥がじわっ…と熱くなって来たのを何とか我慢して、滑らかな肌に頬ずりをした。
 途端に香る海馬の身体から立ち昇る汗の匂い。それはいつも使っているバスオイルの爽やかで甘い花の香りでは無くて、心安らぐ温泉の微かなお湯の匂いだった。
 自分の身体と全く同じ匂いがする海馬に満足して、顔を上げてニッコリと微笑みかける。

「ちょっと…頑張り過ぎちゃったな。大丈夫だったか?」

 オレの質問に海馬は気恥ずかしそうに視線を彷徨わせていたけれど、微かにコクリと頷くのを見て安心した。

「ゴメン。嬉しくてつい張り切り過ぎた」
「っ………」
「どこか痛くしてない?奥とか…平気?」
「っ………!へ…平気だ…っ」
「そりゃ良かった。せっかく温泉旅館に来てるってのに、怪我なんかして帰った日にゃモクバにも叱られ…」
「そ…そんな事…今はどうだっていいだろう…っ!さっさと抜け…っ!この馬鹿!!」

 羞恥で顔を真っ赤に染めた海馬にそう怒鳴られて、オレは漸く自分がまだ海馬の体内に居座っていた事を思い出した。慌てて「ゴメン」と謝ってズルリと引き摺りだしたら、海馬が「んっ…!」と呻いてピクンと跳ねる。
 そんな事をされればまた欲情してしまいそうだったけど、残念ながら今夜はもう打ち止めだ。
 ここ一ヶ月の間、このプレゼントの為に無理して働きまくった身体はもう限界らしくて、流石のオレも今は性欲より睡眠欲を優先させなければいけないらしい。
 脇に除けておいた掛け布団を引っ張って来ると、それを裸のまま横たわっている自分と海馬の上に被せた。そして裸の身体をそっと寄り添わせ、海馬の身体に腕を回して優しく抱き締める。肩胛骨の浮き出た背中を掌で撫でながら、擦り寄る海馬の額に唇を押し当てた。

「とりあえず…今日はもう眠ろうぜ。色々あって疲れただろ」
「色々あったのは全て貴様のせいなのだが…」
「まぁ、そう言わずに。オレも眠たいし、これ以上はもう何もしないから安心して」
「………」
「おやすみ、海馬」
「………」

 海馬からの答えはすぐには返って来なかった。
 こういう何気ない一言を素直に言えないのは海馬の悪い癖だけど、それもまぁ…仕方無いかな。結果的には海馬を騙した事になっているし、さっきのセックスでもちょっと激しくし過ぎたから、それで拗ねているのかもしれない。
 それでも抱き寄せた身体が素直にくっ付いたままになっているのを感じて、心から安心すると同時に物凄く幸せだと感じた。

「好きだよ…海馬。おやすみ…」

 眠気で重くなってきた口で何とかそれだけを伝え、身体の疲れに任せてそのままウトウトと眠りに落ちようとした時だった。

「オレも…好きだ。おやすみ、城之内」

 オレの耳に至極優しい声が降りて来る。それと同時に唇に柔らかな感触を感じたけど、オレが覚醒出来ていたのはそこまでだった…。
 



 翌朝、窓の外で鳴いている鳥の声でオレは目を覚ました。
 東側の窓の障子が明るく染まっていて、丁度朝日が昇って来ている事を告げていた。枕元に置いてあった携帯を取り上げてフリップを開けてみると、もうすぐ六時になろうとしている。
 朝風呂に入るのはいい時間帯だなと思いつつ、自分の腕に抱いている海馬の顔を覗き見てみた。
 目覚めたオレがゴソゴソ動いていたのにも関わらず、海馬はぐっすりと熟睡している。いつも気難しそうな表情をしている顔は今はただあどけなく、まるで子供の様な顔をして安らかな寝息を立てていた。
 オレが携帯を弄った時に布団が捲れたせいで、肩が少しはみ出てしまっている。朝の冷たい空気が直接触れて寒かったんだろう。少し震えてゴソリとオレに擦り寄ってきた。肩口にぺったりと頬を擦り寄せ大きく息を吐くと、安心したかのようにまた寝息を立てる。
 その一連の行動の可愛さといったら…もう何物にも代え難かった!

「海馬…?」

 そっと耳元で名前を囁いてみても、海馬が起きる気配は無い。温かな熱を持ったその身体に掌をそっと這わせてみても、規則正しい呼吸を繰り返してピクリとも動かなかった。
 肩から背中へ、脇腹を通って腰へ…。尻の割れ目に指を差し入れれば、濡れた感触と共にくちゅりと粘着質な音が鳴る。
 それが昨夜海馬の体内にたっぷりと注ぎ込んだ自分の精液だという事に気付いて、ドキリと胸が高鳴った。そのまま指先で後孔をゆるりと撫でながら、もう一方の手を海馬の前面に回してそろりと下腹部に移動させる。

「勃ってる…」

 オレが後ろに触れたからか、それとも元々朝勃ちしていたかは分からないけど、そこは確かに硬く芯を持って勃ち上がっていた。
 根本からつつーっと指を這わすと、それだけでそこがフルリと震えて反応する。堪らなくなってキュッと握り込んだら、海馬が「んっ…」と微かに呻いて身動ぎした。

「可愛い…。起きないとこのまま悪戯続けちゃうぞ…」

 握り込んだペニスをゆっくり上下に擦りながら、後ろの入り口に宛てた指先を少しだけ潜り込ませる。予期せぬ異物感に身体が自然に反応して、熱い襞にキュウッと指が締め付けられた。

「うわ…。凄ぇ…」

 指先が熱くてとろけそうになるくらいの熱を感じて、それが気持ち良くて堪らない。その熱をもっと感じたくて更に奥に指を潜り込ませようとした時だった。突然ペニスを弄っている方の手を強く掴まれてハッと我に返った。慌てて海馬の顔を覗き込むと、鋭い視線で睨んでいる青い瞳とかち合ってしまう。

「貴様…っ。朝っぱらから一体何をしている…っ!!」

 ドスの効いた声に思わず頬が引き攣った。
 あー、そりゃそうですよね…。ただでさえ低血圧で朝は機嫌が悪い海馬君なのに、寝起きにこんな事されたら怒っちゃうよね…。
 冷や汗を流しながらも何とか笑顔を保ちつつ、オレは海馬の体内から指を引き抜いた。

「ゴ…ゴメン。あんまり可愛かったから…つい…ね?」
「ついでは無いわ…っ。貴様…昨夜あれだけヤッておいて、まだ足りないのか!」
「まだ足りないっつーか、オレはいつでも足りてませんけど。どんなに抱いても、オレがお前に満足するなんて無いんだからな」
「なっ…!こ…この…変態が!!偉そうに言う事か!!」
「変態とか言わないでよ。それだけお前の事を愛してるって事だろ?」
「どの口がそんな事を言うのだ!!」
「この口が言ってます。ていうか朝っぱらから喧嘩するの止めようぜ。せっかくの温泉旅館での朝だろう?」
「そのせっかくの朝を貴様が台無しにしているのだ!!」
「はいはい。どうでもいいけど起きたんなら朝風呂入りに行こうな。朝日の中の露天風呂もきっと気持ちがいいぜ」

 海馬の身体から腕を放して、オレは「よっと」とかけ声をかけながら腹筋だけで起き上がった。そしてぐぐーっと背を反らせて伸びをする。眠っている間に固まっていた筋肉が解れていくのが分かって気持ちが良かった。
 オレが立ち上がって脱ぎ捨てた浴衣を身に着けている間、海馬もモソモソと起き上がって浴衣を手に取り袖を通していた。帯を締めてゆっくり立ち上がり風呂場に向かって歩いて行く後ろを、オレも黙って付いて行く。風呂場の扉を開けて脱衣所に一緒に入り込んだ辺りで、海馬がくるりと振り返った。

「城之内…。少しの間…」
「お断りします」
「………。は…?」

 海馬が何を言い出すのかなんてとっくに分かっていたオレは、最後まで言葉を続けさせずにそれを拒否してみせた。

「中の処理するからここで待ってろって言うんだろ?嫌です。一緒に付いていきます。ていうかオレがやります。やらせて下さい」
「き…貴様…っ!突然何を言い出すのだ!」
「突然じゃねーよ。本当はいつもオレがしてやりたかったんだ。昨日は黙って待ってやったけど、もう日が変わって誕生日じゃ無いからな。もう遠慮はしないから、そのつもりで」
「ちょ、ちょっと待て…っ!城之内…!!」

 ぎゃーぎゃー騒ぐ海馬を無視して、オレは自分の浴衣をさっさと脱いでしまうと、ついでとばかりに海馬が羽織っていた浴衣も剥いでしまう。そして細い腕を掴んで、ずかずかと風呂場に入り込んでいった。内風呂の洗い場をさっさと通り抜けて、露天に繋がる扉に手を掛ける。キィ…と音を起てて扉を開くと、外から冷たい秋の早朝の空気が流れ込んできた。
 思わず「寒っ…!」と口に出しながら外を覗くと、そこには昨夜の光景とは全く別の世界が広がっていた。
 明るい朝日に照らされたどこまでも高い秋の空、澄み渡る朝の空気、色とりどりの紅葉、そんな空気の中で相変わらずたっぷりの温泉を貯えている檜の風呂桶。
 余りの景色の美しさに一瞬足が止まってしまう。

「うわ…っ!すげー綺麗だな!早く入ろうぜ」

 心から感嘆して掴んでいた腕をグイッと引っ張ると、何故か抵抗を感じた。訝しく思って振り返ったら、顔を真っ赤にしている海馬と目が合ってしまう。「何?どうした?」と問い掛けてみれば、赤い顔を俯かせて内風呂に戻ろうとしていた。

「い…いきなり露天は…その…」
「何で?朝日が昇ってて綺麗だぜ。一緒に朝風呂を楽しもうよ」
「だ…だから…っ。中を…洗いたい…のだ…っ。そ、その…、もう…垂れ…て…気持ち悪い…から…」

 最後の方は尻窄みになってよく聞こえなかったけど、ようは中を綺麗にしてから露天に行きたいらしかった。若干引き気味の腰が気になって視線を下に向ければ、白い内股にトロリとした粘液が伝わっているのが見える。
 あーうん、なるほど。言いたい事はよく分かった。
 だけどせっかくの朝日を見逃すのも嫌だったから、オレは無理矢理腕を引っ張って露天まで海馬を連れてきてしまう。

「城之内…!!」

 多分「分からないのか!」とでも言いたいのだろう。オレを非難するような目で見ている海馬に振り返って、オレはわざとニヤッと笑ってみせた。
 もう遠慮はしないって言っただろ?分かってないのはお前の方だぜ、海馬?

「とりあえず露天入って」
「な…に…?」
「オレが中で処理してあげるから」
「は………?」

 目を瞠ってオレを見詰める海馬にクスッと笑って、オレは海馬の腕を引いて共に檜の湯船へと足を突っ込んだ。
 



 一緒に檜の湯船の中に入り込んで、オレは海馬の身体を引っ繰り返して湯船の縁に手を付かせ、少し前屈みで腰だけを突き出すような格好にさせた。白い身体が朝日に染まって本当に綺麗だ。
 こんな明るい場所で、しかもいくら周りの目が無いとは言え外で全身を晒している事に、海馬は本気で恥ずかしがって震えている。その様子に、オレはまた至極興奮してしまった。

「すぐ終わるから…」

 粘液で濡れた内股に指を這わすと、海馬がビクリと身体を震わせる。それを宥めるように滑らかな背中に唇を落としながら、熱くひくつく後孔に指を差し入れた。

「あっ…ん!」

 意表を突かれた海馬の口から、思わずと言った感じで甘い声が漏れ出た。慌てて片手で自分の口を押さえる海馬を見つつ、体内に入れた指をグリッと回して中の粘液を指に絡めて抜き取る。たっぷりと指に絡みついた粘液を温泉のお湯で外に流してしまうと、もう一度指を埋め込んだ。
 なるべく奥の方まで指を押し入れて、少しずつ体内を綺麗にしていく。その度に細かく痙攣している上半身がだんだんと落ちていって、まるでそれに比例するかのようにオレに弄られているお尻が高く上がっていく。多分無意識の行動なんだろうけど、まるで昨夜の囁きのように「もっと」と言われているようで、頭に血が昇って身体が熱くなって来た。
 とは言っても、流石にもう最後までやるつもりは無い。朝日に照らされているせいで、指で弄っている海馬の秘所が赤く腫れているのがハッキリと目に見えている。指程度だったらまだしも、流石にもうオレのペニスを受け入れるのは無理だろう。
 抱いても抱いても海馬の事が足りないと感じるのは本当だけど、海馬に無理させてまで抱きたい訳じゃ無い。オレだってそれくらいの分別ってものを持っているんだ。
 だからと言って海馬のこの状態を放っておく事も出来なくて…。
 体内を弄られて感じてしまったらしい海馬のペニスは、もうすっかり硬くなって頭を擡げていた。じわりと滲む先走りの液を見て思わず可哀想になってしまい、片手を前に伸ばしてペニスに指を絡めてしまう。

「なっ…!?城之内…っ!」

 慌てた風に肩越しに振り返った海馬に微笑みかけて、オレはそろりと掌を動かした。

「んぅ…っ。や…やめろ…っ」
「いいから…。気持ちいいんだろ?一回イッちゃいな」
「やっ…嫌だ…っ。こんな…場所で…」
「大丈夫。誰も見てないし聞こえないから。それにこのままでいたって苦しいだけじゃん。さっさと出しちゃいな」
「あっ…!や…め…っ!!」

 なるべく早くイかす為に、体内に埋め込んでいる指で前立腺を刺激しつつ、ペニスを擦る掌も激しく上下させる。海馬は自らの掌を強く口に当ててくぐもった悲鳴を漏らしながら、オレの手の動きに翻弄されてブルブルと身体を震わせていた。
 昨夜と違って性急にイかされる動きに耐えきれなくなった海馬は、やがて声にならない声をあげつつオレの掌の中に射精した。ドロリと纏わり付く海馬の熱い精液。それを今までと同じようにお湯で流してしまうと、同時に体内の指を引き抜いてしまう。
 ガクガクと震える腰を綺麗にした手で支えてやりながら、ふぅ…と軽く息を吐いた。

「これで…終わりかな」

 くちっ…と濡れた音を起てながら引き抜いた指にもう何も付いていない事を見て取って、オレは今にも崩れ落ちそうだった海馬の腰を支えていた手を離し、そっと小さな頭を撫でてやった。
 その途端に海馬はガクリと膝から落ちて、バシャ…ッと温泉の中に沈んでいった。上半身を湯船の縁にダラリと預けて、真っ赤な顔でハァハァと荒く呼吸している。
 「よく頑張ったなー」と頭をグリグリ撫でていると、今にも泣きそうな顔で睨み付けて来る。だからいつ罵詈雑言が飛び出してもいいように心の準備だけはしておいたんだけど、いつまで経っても海馬の口からオレを非難する言葉は出て来なかった。その代わり、潤んだ瞳でオレの下半身へと視線を移していく。
 まぁ…あんだけの事をしていたんだから当たり前の事だとは思うけど、オレのペニスはすっかり成長してしまっていた。

「あ、これ?」

 余りにじっと見詰めてくるもんで下半身に指を指してそう聞いてやれば、海馬はコクリと頷いて答える。

「これは…まぁ…しょうがない。朝からお前の色っぽい姿見ちゃって興奮したし。ゆっくり風呂に入っていれば、その内収まるよ」

 もうこれ以上『そういう事』はしないという意味を含めてそう答えてやったら、何故か海馬は眉根を潜めてオレを見た。その如何にも「心外だ」と言わんばかりの表情に、こっちの方が首を捻る。
 いや…オレは間違ってないよな?ちゃんと海馬の事を思いやった行動をとったよな?だって流石にこれ以上の性行為は無理だろうし…海馬だって嫌なんじゃないの?
 そんな風に思ってたら、海馬が自分が寄りかかっている湯船の縁を叩いてこっちを見た。

「ここ」
「え…?」
「いいからここに寄りかかれ」

 意味が分からず、それでもギッと睨み付けて来る海馬が怖くて大人しくその場所に寄りかかったら、湯船の中に身を沈めたままの海馬が近寄って来て、細い指で徐ろにオレのペニスを掴んできた。
 思わずギョッとしてマジマジと海馬の顔を見詰めたら、赤く上気した顔で海馬がオレを見上げて「フン」と鼻を鳴らして口を開く。

「こんな状態で辛くない筈があるまい。オレだって同じ男だからそれくらいの事は理解出来る」
「か…海馬…っ!?」
「今回の礼だ。抜いてやるから大人しくしてろ」

 海馬の言う『今回』がどの『今回』なのか、血が昇りきった頭では理解できなかった。
 それは高級老舗旅館に招待した誕生日プレゼントの事なんだろうか。それとも昨夜の最高に気持ち良かったセックスの事なのか、もしかしてさっき体内を綺麗にしてやった事だったりして?…いや、それは無いか…。
 そんな事をグルグル考えていたら、両手でオレのペニスを握っていた海馬の顔が近付いてきて、小さな口を目一杯開けてオレのペニスをパックンと咥えてくれた。
 口内の熱とヌルリとした粘液に包まれて、下半身にブルリと震えが走る。
 思わず「うっ…!」と呻き声を出したら、ペニスを口に含んだまま海馬がオレを見上げて視線だけで嬉しそうに微笑んだ。
 こういう瞬間に、海馬も男なんだなーと感じるんだよな。相手に快感を与えて、それで向こうがちゃんと感じてくれているのを知ると嬉しくなる。そう感じているのがオレだけではなく海馬も同じなんだと知れば知るほど、ますますコイツの事が愛しくなっていった。

「んっ…。ん…ぅ…っ。ふぅ…っ」

 チュクチュクと卑猥な水音を起てながら必死でオレのペニスをしゃぶる海馬に嬉しさを隠しきれず、オレは朝日に照らされていつもより明るく見える栗色の頭に手を伸ばし、サラサラな髪の毛にそっと指を通した。そしてそのままゆっくりと優しく頭を撫でていく。
 たまに潤んだ青い瞳が「どうだ?」とでも言うように見上げてくるのに、安心させるように頷いてやった。

「うん…、大丈夫。気持ちいいよ…」

 眼を細めて上がる息を耐えながらそう伝えてやったら、その返答に満足したらしい海馬はまたオレのペニスへの奉仕へと戻っていった。
 口に銜えきれない根本は掌で強く握って上下させ、裏筋とくびれの部分を親指でグリグリと刺激される。鈴口に強く舌先を押し込まれて、堪らずビクリと腰が浮き上がった。海馬の唾液と先走りの液でグッショリ濡れた茎を片手でグチュグチュと擦りながら、もう片方の手はオレの内股に潜り込んで袋まで揉んできやがった。
 海馬がオレのを舐めたり擦ったりする卑猥な水音に耳まで犯されながら、一体そんなテクニックをどこで覚えたのかと、変なところで感心してしまう。強い快感に「はぁー…」と深く息を吐き出せば、その吐息でオレが感じている事を知った海馬がますます本気で挑んできた。

「んっ!ん…んふっ…!」

 先端から溢れる先走りを必死で舌で舐め取りながら、海馬がまた深くまでペニスを咥えて鼻にかかった喘ぎ声を漏らした。
 海馬にフェラをして貰うのは、別にこれが初めてという訳じゃ無い。今までも何回かやって貰った事はある。
 けれど…こんな明るい場所でして貰った事はないし、ましてやしゃぶって貰っている光景をこんなにハッキリ見た事も無い。
 朝日に照らされて、オレのペニスを咥えて恍惚とした表情を浮かべている海馬の顔がよく見えた。その表情にまたゾクリ…と、下半身から背筋を伝わって脳天まで快感が駆け上がっていく。

 ていうか…っ。オレは今までコイツにこんな顔させてしゃぶらせてたのかよ…っ!!

 今まで考えもしなかった事実に快感が最高潮に達して、急に我慢が出来なくなる。慌てて海馬の顔を掴んで離そうとしたけど間に合わなくて、海馬の口からペニスを引き抜いた瞬間にそれは暴発してしまった。

「ん………っ!!」

 白い精液が海馬の綺麗な顔にビシャリとかかるのを、オレは呆然としながら眺めていた…。
 



 オレの精液塗れになってしまった髪と顔を洗ってから出るという海馬を残して、オレは一足先に部屋に戻ってきた。
 冷蔵庫に入っていた瓶牛乳を腰に手を当てて飲んでいると、部屋の電話が鳴る音が聞こえる。慌てて受話器を取り上げたら、担当の仲居さんの声が聞こえてきた。
 『七時になりますが、朝食をお持ちして宜しいでしょうか?』という仲居さんの声に「はい、お願いします」とだけ答えて受話器を置く。
 そうか…もう七時か。一時間近く露天風呂でイチャイチャしてたんだな…。
 思い出したら急激に顔が熱くなって来た。昨日からちょっと色々ハメを外し過ぎたな…と少しだけ反省し、火照った顔を冷ます為に窓を開けて外の空気を吸い込んだ。
 山の冷たい秋の空気が肺一杯に入って来て、頭の中がスッとする。

「気持ちいいな…」

 朝の空気に映える紅葉を見ながら、そんな言葉が自然に口から漏れ出た。
 こんな満たされた気持ちになるなんて、一体いつ以来の事だろうか。
 海馬を愛して…そして海馬に愛されて、三年という年月を共に過ごしてきたけれど、オレ達はいつの間にか相手をただ純粋に『好き』だと感じる気持ちを忘れてしまっていたかのように思う。
 高校を卒業して大学に入学して、海馬は相変わらず海馬コーポレーションの社長と学生との二足草鞋だし、オレもオレでバイトに明け暮れて忙しかった。空いた時間を掻い摘むようにして海馬と会って、まるで義務のように愛の言葉を囁き合ってセックスをする日々。心から相手を愛しているのに、思うように愛せないジレンマ。
 今思うと何だか色々と履き違えていたような気がするけど、二人揃って忙しさにかまけてそれに気付けないでいた。いや…気付かないふりをしていた。
 けれど、オレは今回の旅行でその事実に気付いて、もう自分を繕うのは止めようと心に決めた。
 海馬もオレも忙しいのは、きっとこの先も変わらないだろう。それでも何一つ焦れるような事は無いんだ。思うように会えなくたって、言葉を交わす事が出来なくたって、海馬はちゃんとそこにいるんだから…。

「城之内…?何を考えている?」

 いつの間にか風呂からあがってきた海馬が背後に立って、不思議そうに首を傾げていた。
 その顔が余りに可愛くて幸せで仕方が無くて、オレは笑みを浮かべつつ海馬の腰を引き寄せた。そしてまだ温泉の保温効果でほんのり赤い頬に軽く唇を押し付ける。

「別に…何も」
「そうか?何だかニヤニヤしていたぞ」
「そうだな。強いて言えばお前の事を考えていた」
「オレの?」
「うん。オレさ、お前の事を本気で好きだなって思って」
「な…っ!な…にを…言い出すのだ…」
「照れてんの?可愛いなぁ」
「や、止めろ馬鹿…っ」
「あはは。でも好きなんだからしょうが無いだろ?」

 笑いながら風呂上がりの暖かい身体を抱き寄せたら、大人しく海馬がそのまま凭れ掛かってきた。背に回った手がオレの浴衣をキュッと掴む。

「好きだよ、海馬」
「………。あぁ」
「誕生日おめでとうな」
「あぁ」
「来年もこうやって過ごせるといいな」
「………。そうだ…な…」

 秋の冷たい空気が流れ込む中、オレ達は互いの体温を分け与えるかのようにいつまでも強く抱き締め合っていた。
 他にはもう何もいらない。海馬がいればそれでいい。
 全身で感じる海馬の熱が愛しくて、オレを抱き締めてくれる腕に力がかかるのが本当に幸せで、オレは少しだけ泣きそうになっていた。
 



 数刻後、仲居さんが純和風の朝食を持って来てテーブルに並べてくれた。
 お櫃に入った白い御飯に茸と根菜の味噌汁、焼き魚はカマスの干物、大根下ろしが添えられているだし巻き卵と温かい豆乳豆腐、青菜のおひたしにヒジキの煮付け、それに沢庵と梅干しの香の物に焼き海苔や納豆まで付いている。
 シンプルだけど物凄く食欲を誘う朝ご飯のラインナップにオレの胃袋はぐーぐー鳴りっぱなしだった。部屋の中にも味噌汁や出汁のいい匂いが充満していて、忘れていた食欲が甦ってくる。

「美味そぉー!!早く食べようぜ!!」

 いそいそと下座に座って箸を取ると、海馬も上座に移動して同じように箸を取り上げた。
 一応礼儀として二人で目を合わせてから「頂きます」とお辞儀をして、オレは早速味噌汁の椀を持ち上げてズズッ…と一口啜った。空っぽの胃の中に温かい味噌汁が落ちていく。昨晩は久しぶりにアルコールの摂取もしていたから、荒れた胃に具沢山の味噌汁が優しく染み渡っていった。
 炊きたての白い御飯も美味しくて、用意されたおかずはその御飯に対してどれもバッチリ合っている。焼きたてのカマスの干物も旨かったし、だし巻き卵も最高だ…っ!
 余りに腹が減っていた為に海馬の事も気にせずにガツガツ食べて、一杯目の茶碗を早速空にしてしまう。まだ口の中に残って居た御飯とおかずを味噌汁で胃の中に流し込んでしまって、早速二杯目を盛ろうとお櫃の方に目を向けた時だった。

「何だ?お代わりするのか?」

 丁度お櫃の蓋を開けた海馬が手を伸ばしてくるので、「あ…うん…」と頷きつつその手に茶碗を載せる。海馬は丁寧な動作でオレの茶碗に御飯を盛って、再びそれを返してくれた。それを「ありがとう」と受け取ってそのまま黙って見ていると、驚くべき光景が目の前で繰り広げられていく。
 海馬が…っ。あの海馬が…っ!

 お代わりをしている…っ!!

 余りにも意外な光景に目を離せないでいると、自分の茶碗に御飯を盛ってキチンとお櫃の蓋を閉めていた海馬が、オレの視線に気付いてこっちを見た。食事中にじっと見られる事が好きでは無い海馬は、訝しげに眉を寄せてオレに視線を寄越す。

「何だ、城之内。食事中にぶしつけに他人を見詰めるものではないぞ」
「ゴ…ゴメン…。ていうか…意外なものを見ちゃったなぁ…と思って…」
「意外?」
「うん。お前…今までお代わりなんてした事なかったじゃんか」

 オレの言葉に海馬は一瞬きょとんとし、そして左手に持っている茶碗に目を移した。その視線を再びオレに返して「あぁ…そういえば…と」と呟いた。
 いつも小食の海馬はあまり物を食べない。昨日の夕食だって全体の三分の一程度で食べるのを止めてたしな。夕食すら食べないのに朝なんかはもっと食べなくて、酷い時には珈琲一杯だけって日も少なくない。
 だからこそ、オレは今自分が見た光景が信じられなかった。

「えーと…珍しいというか…信じられないというか…」
「何をそんなに驚いているのだ。昨夜は自分で三杯飯を食えと言っていたではないか」

 海馬の言葉に「いや、そうだけどね」と頷きつつ、それでもオレは未だに目の前の光景が信じられずに目を瞠っていた。
 確かに昨日大浴場でコイツを無理矢理体重計に乗っけた時、余りの悲惨さに「明日の朝は飯三杯食え」とは言ったけどさ…。まさか本当にお代わりしてくれるとは思わなかった…。
 「お腹空いてたの?」というオレの質問に、海馬は素直にコクリと頷いて、新たに盛った御飯を箸で掬って口に運んでいた。
 多分慣れない環境と旅先での色々な出来事に、少しストレスがかかったらしい。
 ストレスとはいってもこれは悪い意味ではなくて、どちらかと言うと普段の凝り固まった生活を一旦リセットするという意味での良いストレスだ。現に普段の朝だったら全く湧かない食欲を感じて、海馬はいつも以上にしっかりと食事を摂っている。
 御飯や味噌汁や様々なおかずを美味しそうに食べている海馬を見て、オレは至極満足していた。
 やっぱり海馬をここに連れてきて良かったと…心底そう思いつつ笑みを浮かべる。

「何だ?食事中にニヤつくな」

 沢庵をパリッと囓った海馬がオレの笑顔に気付いて不機嫌そうにそう言ってきたけど、本当に機嫌が悪い訳でもなさそうだから「ゴメン」と一言謝って、自分も目の前のおひたしに箸を伸ばした。
 あとは会話も無くお互いに黙々と食事を続ける。至極静かな朝食だったけど、そんな時間もまた幸せだと感じたんだ。
 



 朝食を済ませた後は身支度を整え、あとは帰る準備をするだけになった。
 計画的に海馬を呼び寄せたオレは、勿論自分の分だけじゃなくて海馬の着替えも用意してある。せっかく温泉でゆっくりしたというのにスーツで帰らせるなんて野暮な真似は出来なくて、海馬がいつも邸で寛いでいる普段着を持って来ていた。
 「ほら、これに着替えて」と差し出すと、海馬もオレの意図を組んだのか、黙って私服に着替えてくれる。

「チェックアウトは十時だから、それまで珈琲でも飲んでようか」

 荷物を全部纏めて旅行鞄のファスナーを締めながらそう話しかけたら、海馬が「珈琲?」と少し嬉しそうな顔をして食いついてきた。
 ったく、コイツは…。本当に珈琲が好きなんだなぁ。分かりやす過ぎだ。

「本館の中庭が見えるところに、午前中だけやってる喫茶店があるんだって。美味しい珈琲煎れてくれるらしいから、そこ行って少し休もう」
「ふむ…いいな。お茶だけでは少し物足りなかったところだ」
「そう言うと思ってた。あとついでだから、本館の売店行ってお土産買おうぜ。モクバと磯野さんの分」
「お土産…?モクバは分かるが、何故磯野の分まで?」
「お前は関係無いかもしれないけど、オレには関係あるの。計画に協力してくれたんだから」
「………。三人揃ってオレを騙しおって…」
「もう怒らないで機嫌直してよ。モクバも磯野さんも十時のチェックアウトに間に合うように迎えに来るって言ってるし。その後皆で少し観光とかしような。で、お昼を食べたら帰ろうぜ。オレ達の童実野町に」
「ふん…。まぁ…いいだろう」
「じゃ、行こうか」

 旅行鞄を手に持って、海馬の背を押して部屋を後にした。玄関から外に出て一度だけ振り返る。
 オレ達に夢のような時間をくれた特別な離れ。ちょっと値段がお高くて財布の中は空っぽになっちまったけど、それに見合う…いやそれ以上の幸せをくれた離れだった。
 ついさっきまではまるで自分達の家のようにのんびり寛げていたというのに、また明日からはオレ達の知らないどこか別の誰かが利用するなんて…想像出来なかった。
 ここに連れて来られたばかりの海馬が苛つきに任せて掌で叩き、その後は夕食や朝食を摂ったあのテーブルも。リラックスした海馬と共にニュースや深夜番組を見ていたあのテレビも。夜は二人で月を眺め、朝は朝日を浴びて海馬の白い身体を輝かせたあの檜の露天風呂も。そして濃密な空気の中で熱く抱き合って、共に幸せな朝を迎えたあの寝室も。
 明日にはオレ達じゃなく他の誰かが使うんだ…。
 その事実に、ちょっとだけ…ほんのちょっとだけ寂しさを覚えた。

「城之内?」

 数歩先を行っていた海馬に心配そうに呼びかけられて、オレは慌てて「今行く」と行って歩き出す。
 何となくサヨナラを言いたくなかった。だから「また来るから」なんてちょっと格好いい事を心の中で呟きつつ、あとはもう振り返らずに海馬と共に本館へと向かっていく。
 海馬と共にまたここに来られる確証なんて何一つ無い癖に、何だかそう言いたかったんだ。



 本館の売店で温泉饅頭と名物の最中とサブレを購入して、オレ達は中庭が見渡せる喫茶店に腰を落ち着かせていた。
 晴れ渡った秋空に鮮やかな紅葉が美しい。ただこの場所からじゃ、昨夜散歩の途中に愛し合ったあの場所は見えなかった。本当に絶妙な場所でしてたんだなって思ったら、何だか可笑しくなって吹き出してしまう。
 オレがクスクス笑い出したというのに、海馬は何も言わなかった。ただ眉間の皺を深くして、無骨な焼き物のカップに入った珈琲を黙って啜っている。
 多分オレが考えている事を見抜いたんだろうなって思ったら、また可笑しくなって笑ってしまった。

「いい加減にしろ。みっともないぞ」

 カチャリとカップをソーサーに置きながら、海馬が不機嫌そうな顔でオレを諫めた。
 怒っている風に見せているけど、頬が赤く染まっているから迫力なんて全く無い。
 まぁ…見た目程機嫌は悪くないんだろう。この珈琲も如何にも海馬が好きそうな味の濃さで、凄く美味しかった。

「珈琲、美味いな」

 海馬の機嫌をこれ以上損なわないように、『そっち』方面を意識しないで別の話題で話しかける事にする。
 オレの意図が伝わったのかどうかは分からないけど、海馬は至極満足そうに「ふぅん」と呟いた。

「さすがは老舗旅館というところだな。和食だけでなく珈琲もこれだけ美味いとは…感心したぞ」
「そりゃ良かった。オレも無理してお前をここに連れてきたかいがあったって事だな」
「勘違いするなよ、城之内。オレが感心しているのはこの旅館であって、お前自身では無い。このプレゼントを選んだセンスは認めてやってもいいが、その前段階が頂けない」
「あぁ、一ヶ月間無理して働いて、お前を完全無視してた事ね…。よく考えたら確かにアレは無いな。悪かったよ。もうしないから」
「分かればもう良い。次からはもっと計画的に動くんだな」
「………。え?何が…?」
「何だ。分からんのか?」
「へ?は?何…?」
「来年もここでいいと言っているのだ」

 ニヤッと笑ってそう告げた海馬に、オレは二の句が継げなかった。完全に驚いてしまって、だけど次の瞬間に天にも昇りそうな程の嬉しさを感じる。
 だって、海馬のその言葉は今回の出来事全てを認めてくれた証拠だから。
 オレの計画を、オレの努力を、オレのプレゼントを、海馬は全て認めてくれたんだ…っ!!
 海馬の為にオレが用意した全てを認めて貰えて、心底嬉しくて仕方が無い。

「海馬…っ!サンキューな…っ!オレ、来年も頑張るから…っ!!」

 感動の余り思わず素直にそう伝えたら、海馬は「礼を言うのはこちらの方だろう?変な奴だな。まぁ…せいぜい頑張って金を稼ぐがいい」と言って、眼を細めて幸せそうに笑っていた。


 窓の外は美しい秋景色だ。どこまでも澄み切った高い青空と、鮮やかな紅葉と、眩しい程の陽の光。
 来年もこの景色を海馬と見られる事を願って、オレはカップの底に残っていた珈琲を飲み干した。

 とりあえず次回は、夏くらいから計画立てとけば…大丈夫だよな?