城之内がオレの事を睨んでいる。それ自体はいつもの事だから、別に驚くような事でも無い。分かっている。オレ達の相性は最悪だ。お前がオレの事を気に入らず、心の底から疎んでいる事は、嫌と言う程知っているのだ。
 オレもそうなれたらどんなに楽だろうか。いや、確かに昔はそうだった。そうだったのだが…どうしてその気持ちのままでいられなかったのだろう。どうして気持ちの変化などを起こしてしまったのだろうか。

 後悔しても時既に遅く、オレの心は百八十度転換してしまっていた。

 城之内は未だにオレを睨んでいる。決して焦ってはいけない。なるべく平常心を保ち、いつもと同じように何気なく話しかける。それが今のオレに出来る事。

「城之内」

 ジロジロ睨む城之内に臆する事無く、オレは城之内の机の側に近寄って一言声を掛けた。
 場所は学校の教室。時間は昼休み。同級生が声を掛けるならば、これ以上自然なシチュエーションは無いだろう。勿論それは、オレ達が普通の友達であるならば…だけどな。
 大丈夫。声は震えていない。いつも通りの淡々とした自分の声だ。これならば誰にも気付かれる事は無いだろう。

「城之内、少し良いか?」
「………何だよ」

 再度呼びかけた声に、城之内が不機嫌そうに応えて来た。
 無視はされなかった…。それだけで随分とホッとする。

「少し訊きたい事がある」
「何?」
「二十四日の日曜日は暇か?」
「二十四日? 何でそんな事訊くんだよ」
「貴様に頼みたい事がある」
「………オレに?」
「あぁ、お前にだ」
「ふーん…。お前がオレに…ねぇ」

 オレが城之内に頼み事をする。普段だったら決して考えられないシチュエーション。心臓は破裂しそうなくらいにドキドキしていたが、オレは表面上は努めて冷静に装っていた。
 決して気付かれてはならない。いつも通りの自分を演出して、本意を悟られてはならない。
 緊張で口の中が乾いて、オレは密かにコクリと喉を鳴らして生唾を飲んだ。そしてじっとオレの事を見詰めている城之内に視線を返して、「で、どうなのだ?」と答えを促した。
 城之内は、先程よりは不機嫌そうな顔をしていない。むしろ珍しくオレが頼み事なんかをして来た事に驚いて、気分良くなっているらしい。
 本当に単純な奴だ。だがその単純さに、今は心から感謝する。

「二十四日の日曜日…だろ。昼間はバイトで埋まってんなぁ…」

 後頭部をガシガシと引っ掻きながら、城之内は満更でも無い顔でそう答えた。どうやら上手く乗ってきてくれたらしい。オレは内心でホッと安堵の息を吐いて、このまま計画を推し進める事にする。
 だが決して焦ってはいけない。あくまでいつものオレを演出しながら、ゆっくりと…確実に事を進めなければ…。

「夜は? 空いているのか?」

 オレの質問に、城之内はコクリと頷いて答えた。

「夕方六時までのバイトが終われば、後は特に何の用事も無いけどな」
「ならそれでいい。七時までにオレの屋敷に来い」
「は? 何で?」
「貴様に、今度我が社で出すゲームソフトやボードゲームのテストプレイヤーになって欲しい」
「テスト…プレイヤー?」
「そうだ。勿論バイト代も出すし、夕食も食べ放題だ。どうだ?」

 キョトンとした顔で見返す城之内の真っ正面に立って、オレは真面目な声でそう伝えた。城之内は暫くの間黙って、じっとオレの事を凝視している。どうやら言われた内容を頭の中で反芻しているらしい。必死に考え込んでいる城之内を、オレはオレで固唾を呑んで見守る。
 どうか断わられませんように…と願いながら、それでも外面だけは冷静な振りをして。

「それって…バイトなの?」

 やがて自分の中で答えが纏まったのか、今度は逆に城之内が話しかけてきた。その問い掛けに「あぁ、そうだ」とサラッと肯定してやる。

「どうだ? 悪く無いと思うが…」
「そうだな。悪くは無さそうだ。けどオレでいいのか? 遊戯とかの方がいいんじゃないか?」
「それは勿論そうだがな。遊戯に関しては、先週にもうテストプレイして貰っているのだ」
「じゃあ別にオレ必要じゃ無いじゃん」
「馬鹿だな貴様は。こういうのは少しでも多くの意見を集めた方が良いに決まっているだろう?」
「そ、それはそうだけど…」
「とにかく、オレは貴様の腕を買っている。テストプレイヤーとして期待しているのだ」

 最後にちょっと褒め言葉を吐いてやる。ここは持ち上げてやるのが重要だ。案の定、城之内はピクリと反応し、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせた。その美しい色合いに思わず顔が綻びそうになって、慌てて引き締める。

「それ…本当?」

 さっきまでの不機嫌さはどこへやら、分かり易い程嬉しそうな顔をして城之内が話しかけてきた。その顔に思わず赤面しそうになりながらも、それを何とか押し留めて冷静に対処する。

「オレは嘘は言わない」
「オレの腕を買ってるって…本当なんだ」
「だからそうだと言っているだろう。しつこいぞ凡骨!」
「じゃあやる!」
「………何を」
「テストプレイヤー! オレやるよ!!」
「もしかしたら深夜まで付き合って貰う事になるかもしれんが…いいのか?」
「いいよ。それは別に構わない」
「まぁそんな事になったら、屋敷に泊っていけばいい」
「マジで!?」
「少なくてもオレは本気だが?」
「やった! 俄然やる気になってきた!!」

 城之内が本当に嬉しそうにガッツポーズをする。その姿を目に留めながら、オレは気付かれないようにそっと微笑んだ。



 どうしてこんな事になったのだろうか?
 オレと城之内は天敵同士だった筈だ。城之内はオレを嫌っており、オレも城之内のいい加減なところが気にくわなかった筈だ。それなのに…その気持ちはいつの間にかどこかに消え去ってしまい、残ったのはよりにもよって…城之内に対する恋心だったのだ。
 恋は何回かした。そのどれも、当たり前だが異性が対象だった。自分はヘテロだと信じていたし、その内普通に見合いでもして有力者の娘と結婚し、それなりの家庭を築いていくのだと信じていた。信じていたのだが…そのイメージはあっという間に覆された。気が付いたら引き返す事が出来無い程に、ドップリと城之内に浸かってしまっていたのだ。
 勿論そんな自分の気持ちに気付いたその場で、オレはその恋を諦めた。元々天敵同士だし、ましてやオレ達は男同士だ。恋だ愛だのと甘い展開を期待出来るような間柄では無い。
 だからと言って、すぐに身を引くのも惜しまれる。それを踏まえて色々考えた結果、オレは一度だけ城之内と身体を繋げる事にしたのだ。

「うーん…。そろそろ眠くなってきたな…」

 十月二十四日の日曜日、城之内は約束通り夜の七時に我が屋敷にやって来た。オレとモクバと三人で豪華な夕食を食べ、そしてそのまま城之内の為に用意した客室に案内して、その部屋でテストプレイをして貰った。夜が更けるまでは弟のモクバも相手になって至極和気藹々とゲームをし、モクバが寝付いた後はオレが相手になって様々なゲームを二人でプレイしている。
 不思議な事に、ゲームをしている間は特に何も揉め事は起らなかった。いつものいがみ合いがまるで嘘のようだ。

「そろそろ寝るか?」

 時計を見れば午前一時半。常に夜中まで仕事をしているオレとしてはまだ宵の口なのだが、肉体労働をしてきた城之内にとっては非常に遅い時間体なのだろう。実際目の辺りをゴシゴシと擦ってウトウトとしている。

「そうだなー。もっと遊びたかったけど、そろそろ寝たいかも…」
「ゲームはどうだった?」
「ゲームソフトの方も、ボードゲームの方もすっげえ面白かったよ。またやりたい」
「そうか」
「詳しい話はまた明日でいいか? 今はちょっと眠くってさ…。まともに答えられないかも…」

 城之内の申し出に、オレは「分かった」と答えて頷いた。そして頷きながらも『明日』はきっとこんな風に和やかに喋る事は無いのだろうな…と、内心で深く溜息を吐く。
 計画は今夜発動される。その計画を完遂してしまったら、きっと次は無いだろう。城之内は今まで以上にオレとの距離を取り、オレもそれを何事も気にしていないようにして過ごしていかなければならない。
 分かっている。その計画が間違いだという事はよく分かっている。だがオレはどうしても自分の気持ちを留める事が出来無かった。
 たった一度でいい…。一度だけでいいからお前に触れたいんだ…城之内。

「さっさと風呂に入って寝てしまえ。浴室はそこに備え付けられているから」
「うん。そうする」
「時に城之内。貴様、寝付きは良い方か?」
「ん…? 布団に入ったらすぐ寝ちまう方だけど…? 友達と一緒に寝泊まりとかすると、よく鼾が煩いって言われるぜ。………でも何で急にそんな事訊いてくるんだ?」
「いや、ちょっとな…」
「………?」
「気にするな。今日はご苦労だったな。ゆっくり休め」

 不思議そうに首を傾げる城之内にオレは微笑みかけて、テーブルの上に開きっぱなしになっていたボードゲームを片付けて立上がった。そして「おやすみ」と声を掛けて、客室を出る。城之内は最後まで理解不能な顔をしていたが、ドアを閉める寸前に「おぅ。おやすみ」と言って手を振ってくれた。



 本当はどうしようかと、ずっと悩んでいた。
 相手が女性ならまだしも、こっちも向こうも同じ男だ。オレも最初は身体を繋げようと思った時は、男としての立場を取ろうと考えていた。だがオレは良くても城之内はどうだろう。たった一度しか身を繋げないというのに、それが女性の立場で行なわれたとしたら…身も蓋も無いに違い無い。どうせやるなら、突っ込まれる立場より突っ込む立場の方が傷も少ないだろう。
 オレは別に城之内を傷付けたい訳では無い。ただ一度…、たった一度でいい。自分の誕生日プレゼントとして、愛しい男と身体を繋げたい…それだけなのだ。

「女役は…オレでいい」

 バレた時の言い訳も既に考えてある。計画は完璧だ。
 壁時計をチラチラと眺めて、オレが客室を去ってから丁度一時間後の午前二時半。自分も風呂に入りすっかり身体を綺麗にしたオレは、合い鍵を持ってバスローブを羽織ったまま再び客室に向かった。
 なるべく音を立てないようにカチリと鍵を開け、そっと客室内に足を踏み入れる。部屋の中はもう真っ暗だった。手探りで常夜灯を灯し、足音を忍ばせて寝室へ繋がるドアを開ける。するとそこには意外な事に、ヘッドライトが付けっぱなしになっていた。ベッドは人型にこんもり盛り上がって、スースーと規則正しい寝息が聞こえる。

「ちゃんと寝ている…よな?」

 小さな声でそう呟いても、その声に応える様子は無い。それはそうだ。城之内は熟睡している。
 そろそろとベッドに近寄って、ヘッドライトの明かりを頼りに顔を覗き込んでみた。城之内は幸せそうな顔をして、ムニャムニャと何事か口を動かしている。

「悪く思うなよ…」

 掛け布団からはみ出していた城之内の両手を頭上で一つに纏め上げ、持って来たタオル地の紐で結びベッドヘッドに固定してしまう。ゆっくりと掛け布団を捲っていけば、布団の中で温まっていた身体が夜の冷気に触れ寒かったのだろう。城之内は顔をしかめてブルリと身震いをした。
 現れた城之内の姿は、半袖のシャツにトランクス一枚という非常にラフな物だった。その身体の上に馬乗りになって、トランクスに指をかけた。

「犬に噛まれたと思って諦めろ」

 誰に言うまでも無くそんな事を呟いて、そっとトランクスを下げようとした時だった。

「はい、ストップ」

 突然頭上から聞こえて来た声に、オレはビクリと反応して固まってしまった。心臓が破裂しそうなくらいに高鳴り、ダラダラと嫌な汗が流れてくる。そっと視線を上げてみれば、妙に怒ったような…それでいて何故か困ったような城之内の顔が目に入ってきた。
 思わずゴクリ…と生唾を飲んでしまう。かなり焦っていたが、オレは自分に「落ち着け…落ち着け…」と言い聞かせていた。
 バレるのは既に想定済みだ。その為の対応もバッチリ立ててある。

「お前…。何してんの?」

 呆れたように声を出す城之内に、オレはフフンと開き直ったように笑ってみせた。

「夜這いだ!」

 たった一言をズバリと言ってやれば、城之内はますます呆れたような表情になって「はぁー…」と深く嘆息した。

「夜這いって…お前なぁ…。そんな偉そうに言う事じゃないだろ。何が犬に噛まれたと思ってだよ。こんな大事件、早々忘れられるかってんだ馬鹿」
「いいから忘れろ。たった一回だ」
「そのたった一回が大問題なんだろ?」
「………」
「何でこんな事してんのよ」
「………」
「言ってみろよ」
「………言ったら…引くぞ」
「いいから言ってみろって」

 言ってみろと言われて、少し決意がぐらついてしまう。けれどここで本当の理由を白状してしまったら、それこそ後戻りが出来無いくらいにドン引きされるだろう。だったら…用意していた嘘の理由を尤もらしく語った方がマシだった。
 スゥ…と息を吸い込んで、なるべく淡々と口を開く。

「オレも大人になってきたし。そろそろ枕営業をしようと思ってな」
「………はぁ?」

 オレの言葉に城之内が全く理解出来ないといった顔をして、すっとぼけた声を出した。

「だがいきなり見も知らぬ中年や老人に足を開くのは、このオレでも抵抗がある。だからせめて最初は、自分の知っている奴にしようかと思ってな」
「知ってる奴って…」
「貴様なら体格も丁度いいし、スタミナもありそうだ。どうせ突っ込んで出して終わりなんだから、文句を言うな」
「………あのなぁ…」
「煩い! もう黙っていろ!」

 内心は焦り捲っていた。顔も真っ赤になって熱い位だ。でもそれを気付かせないようにしながら、思い切って城之内のトランクスを膝までずり下げた。そこにはまぁ…想像していた通りの物が存在していて、ほんの少しだけ頭を擡げているのが目に入ってくる。コクリ…と喉を鳴らして、そっとそれに触れてみた。
 本当は恐る恐るといった風だった。緊張して手も震えている。もしかしたらそれに気付かれているのかもしれないと思いつつ、握ったそれを上下に擦ってみる。

「っ………! ちょっ…お前…!!」

 その途端、城之内がビクリと身体を揺らして文句を言った。眉根を寄せてオレの事を睨んで来るが、そんな事に構う余裕はこちらにも無い。

「くそ…っ。手ぇ冷たくて気持ち悪いんですけど…」
「だから文句を言うなと言っている」

 どんなに抵抗したって所詮男だ。刺激を与えれば簡単に勃起する。すっかり硬くなった城之内のペニスに満足して、オレは今城之内の腕を縛っている紐と一緒に持って来た小瓶を取り出した。その中には、曰くローションと呼ばれる物が入っている。ボトルのキャップを開け、中の溶液をたっぷりと掌の上に出した。それを手に馴染ませて、バスローブを割って自分の足の間に持って行く。

「っ…うっ…!」

 冷たいローションをヌルヌルと自分の後孔に擦り付けた。その気持ち悪さに肌を泡立てながら、それでもちゃんと人差し指の先を体内に潜り込ませローション塗れにする。
 当たり前だがオレは男だ。どんなに興奮しても女のように濡れる事は無いから、こうして人工的な滑りの助けを借りるしか無い。
 自分の後孔を何とか濡らして、残ったローションを城之内のペニスに塗り付けた。そしてバスローブを脱ぎ捨てて、足の間にその熱い塊を持って来る。先端を後孔の入り口に触れさせ、そのまま思い切って腰を下ろそうとした。

「ま、待て…海馬!!」
「うっ…!! いっ…!!」

 ローションは塗ったが、塗っただけで後孔を慣らしていた訳では無い。オレの身体は入り込んでくる異物を押し出そうと必死になっていた。それを理性の力で押し留めて、無理に腰を下ろしていく。硬い勃起が体内に入り込む度に、メリメリと身体が裂けそうな痛みを感じた。

「待てってば…海馬!! お前全然慣らしてないじゃないか!!」
「や…やだ…!!」
「やだじゃ無いってば!! てか痛い!! オレも痛い!!」
「あっ…うぅっ…!!」
「これ以上は無理だって! つか折れる! 折れちゃう!! オレの大事な○○○が折れちゃうからちょっと待って!!」

 城之内の必死な叫びに、身体の動きを止めた。正直…オレもこれ以上入るとは思えなかった訳だが…。
 ハァハァと荒い呼吸をしながら、じっと城之内を見詰める。痛みと苦しみの為に、冷や汗がこめかみからつつーっと流れ落ちてきた。

「お前…無茶し過ぎ…。やるならちゃんとやってやるから、取り敢えずこれ外して」

 城之内の視線が自分の頭上に向き、手を縛っている紐を外せと言って来る。オレはその要望に首を振って応える。

「駄目だ」
「何でよ」
「お前が逃げるからだ」

 きっぱりと言い返してやれば、城之内はまた困った顔でオレの事をじーっと見詰めてきた。そして「はぁー…」と再び大きな溜息を吐く。

「逃げねーよ」
「嘘だ」
「こんな事嘘言ってどうするよ。ていうかオレもこんな状態だから、逃げようなんて思ってもいないけどな」
「………」
「そこまで言うならやってやるから。ちゃんと気持ち良くしてやるから、取り敢えずこれ外せ」

 真面目な顔でそんな事を言われて、オレもグラリと気持ちが揺れた。
 城之内が嘘を言っているようには見えない。大体コイツは至極単純な奴なんだ。嘘なんて言ったらすぐに見抜ける。

「分かった…」

 仕方が無いので伸び上がって腕の紐を外してやったら、城之内は「やれやれ」と呆れたように呟いて暫く手をブラブラと動かしていた。多分ずっと同じ姿勢でいた所為で、手が痺れていたのだろう。少し…罪悪感を感じた。
 城之内は自分の手を左右交互に擦りながら、横目でオレの事を見詰めてくる。そして「なぁ…海馬」と話しかけて来た。

「どうしてこんな事をした? 本当の理由を教えてくれ」
「本当の…?」
「枕営業の為だなんて…どうせ嘘なんだろ?」
「………っ!! う、嘘じゃない!」
「いいや嘘だね。だって余りにもスラスラと言い切り過ぎだよ。逆に不自然だ」
「嘘では無いと言ったら…!」
「本当の事を言ったら、オレが途中で止めるとでも思ってるのか?」
「そ、それは…っ」
「そんな事はしないけどな。ま、いいか。やりたかったらこっちにおいで」

 漸く感覚が戻ったらしい掌をスッとオレの方に伸ばして、城之内はニヤリと笑う。その笑顔に誘われるようにベッドの上で這うように近付けば、あっという間に捕われて身体を引っ繰り返され、ベッドに縫い付けられてしまった。

「な、何を…!!」
「やりたいんだろ? 悪いけどオレ、主導権は自分で持ちたいタイプなんだよ。大人しくしてろよ?」

 そう言ってペロリと下唇を舐め取った城之内は、その濡れた唇のまま顔を近付けてきた。男らしい精悍な顔から目が離せず、オレは目を見開いたままその唇からのキスを受ける。濡れた唇は何度か啄むようにオレの唇を擽って、やがて口内にヌルリと舌を差込んできた。

「んっ………!」

 今まで味わった事がない異様な感覚に、オレはギュッと瞳を閉じる。城之内の熱い舌はオレの顎の裏から舌の付け根、頬の内側から歯列の端から端までを乱暴に愛撫していった。ヌロヌロと暴れ回る舌が気持ち良くて、背筋にゾクゾクとした快感が走る。

「ふぁっ…ぅ…」

 長い時間キスを堪能して漸く唇が離された時、オレの口の周りは自分と城之内の唾液でベトベトに汚れていた。それを指先で丁寧に拭ってくれながら、城之内はニヤリと男らしく微笑む。

「気持ち良かっただろ?」

 言われた言葉に、素直にコクリと頷いた。

「平気…なのだな…」
「ん? 何が?」
「オレは男だ…。女では…無い」
「うん。それは知ってる」
「男相手でも…全然平気なのだな…」
「………。うん…まぁ…それは…ちょっと…な」

 返って来た言葉に、ツキリと胸が痛む。
 城之内が返答に言い淀んでいるのは、過去に同性と関係した事があったからだろうか? 女性とだったらまだしも、城之内が男性とそういう事をしていたのだという事実に、かなりのショックを受ける。というか、その相手が自分では無かった事に何だかイライラした。分かりやすく言えば、知りもしない相手に嫉妬していた。
 多分オレは、心のどこかで優越感を持っていたのだと思う。城之内の男相手の初セックス(実質にはレイプに近いが)をこの手でしたという事で、諦めていた恋に終止符を打とうとしていたのだろう。
 馬鹿だな…と思う。自分の事を本当に馬鹿だと思った。
 最初から諦めていた恋に自分勝手に独占欲を持って、それで嫉妬しているんじゃ救いようが無いではないか。

「慣れているのだな」
「別に…そういう訳じゃないけど」
「心配して損をした。好きにするがいい」

 泣きたいのをぐっと堪えて、オレはベッドの上で身体の力を抜いた。そんなオレに、城之内はクスッと鼻を鳴らして笑って、身に着けていた服を全て脱いでオレに覆い被さる。

「今の言葉には棘があったな」
「そんな事は無い!」
「分かった分かった。続きをやるから大人しくして」

 クスクスと笑ったまま、城之内はオレの首筋に唇を寄せる。そこをペロリと舐めて、チュッと吸い付いてきた。その度にゾワゾワした快感が全身を走って、オレは首を竦めて枕に半分顔を埋める。そんなオレに気付いているのか、城之内は相変わらず笑ったまま大きな熱い掌で胸をサワサワと撫でだした。

「あっ…んっ…」

 掌が胸の飾りを撫でる度、そこがジンッ…と快感を訴える。そんなオレの反応に気付いた城之内は、指先でキュッと乳首を摘んできた。途端にそこに電気が走ったかのような快感が生まれて、耐えきれずにビクリと身体を跳ねさせる。

「ふっ…ぁっ…!?」

 スリスリと指の腹で乳首を擦られる度に、頭の中はどんどん真っ白になっていった。

「海馬…。ここ、気持ちいい?」
「やっ…! な、何…!?」
「ここでこんな風に気持ち良くなるの…初めて? 可愛い。反対側舐めてもいい?」
「んっ…! あぁっ…ダ、ダメ…っ!」
「ダメって言われても舐めちゃうけど」

 ビクビクと身体を揺らすオレに構わず、城之内は口元に笑みを浮かべたままオレの胸に唇を寄せた。そしてチュッ…とそこに吸い付く。

「ふあぁぁっ…!!」

 その途端、信じられないくらいの快感が脳まで届いて、オレは耐えきれずに吐精してしまった。ビュクビュクと自分の腹に精液を撒き散らしながら、それでも止まる事の無い城之内の愛撫に身悶える。
 胸が熱い。胸の奥がジリジリとした炎に焼かれているようだった。

「胸ちょっと吸っただけでイッちゃったの? 可愛いなぁー」
「あっ…あっ…あぁっ…」
「じゃあもっと吸ってあげないとな。気持ち良くしてやるって言ったし」
「あふっ…! あっ…やぁっ…!」

 恥ずかしくて。城之内の目の前でみっともなく喘いでいる自分が恥ずかしくて。慌てて口元に手を当てて、自分の指を噛んで快感を我慢する。けれどそんなオレを城之内は鼻で笑って、右と左の乳首を交互に舐めたり吸ったりを繰り返した。その度にチュプチュプと耳に届く水音や、反対側の乳首を爪を立ててコリコリと引っ掻かれる快感が、オレから理性を遠ざけていく。
 一度達したというのにオレのペニスは再び硬く大きくなって、オレにのし掛かる城之内の腹筋に当たっていた。それを城之内はもう片方の手で包み込んで、纏わり付いた粘液ごとニチャニチャと上下に擦る。

「あっ…! あぅ…!! あぁっ…!!」

 三カ所を同時に攻められて、オレの理性はもう残って無いも同然だった。涙も隠せずボロボロと泣きながら、必死に城之内の腕を掴んで爪を立てる。

「気持ちいい?」

 問われた質問に、何も考える事も出来ずただただ素直にコクコクと首を縦に振る。

「ほら、な? 気持ちいいだろ? これがセックスだよ…海馬」
「うっ…! ひゃっ…ぁ…っ」
「ちゃんと答えて。枕営業の為って…あれ、嘘だろ?」
「あっ…あ…ぁ…っ」
「嘘なんだろ?」

 少し強めの語尾の言葉に、オレはもう頷くしか出来無かった。
 理性と呼ばれる物はもう既にどこにも残っておらす、快感で麻痺した脳は冷静な答えを出せずにいる。もうどうでもいいと…なるようになれと思っていた。

「じゃあ教えて? どうしてこんな事しようとしたの」
「あっ…! そ、それは…っ」

 粘液に塗れた城之内の指は、今はオレの後孔の縁をなぞっている。ヌルヌルと滑る指の感触に、オレはブルリと背筋を震わせた。
 暫く様子を探るように穴の周りを撫でていた指は、やがてツプリと体内に入り込んできた。ローションや粘液の滑りを借りて、一気に根本までズブズブと入り込んでくる。オレはそれを、至極簡単に受け入れてしまった。不思議な事に痛みは全く感じなかった…。

「ほら、教えて?」
「んっ…! っ………!」
「教えないと意地悪するぞ」
「………? あっ…いやっ…!!」

 オレがそれでもムキになって我慢していると、城之内は痺れを切らしたのか、中に入った指をグネグネと動かし始めた。その指先がある一点に触れた途端、今まで感じていた快感とは比べものにならない程の刺激が背筋を突き抜ける。自分の前立腺に触れられたんだと…何となく理解した。

「うっ…! あぁっ…! そ、そこは…もう…嫌だ…っ!」
「ほらほら。早く言わないともっと酷い事するぞ」

 体内にはいつの間にか城之内の指が三本入っていて、それがバラバラに動いてオレの前立腺を刺激する。その余りにも強過ぎる快感に、オレはついに…陥落した。

「す、好きだ…から…!!」

 悲鳴のように吐き出した声に、城之内の動きが止まる。
 終わった…と思った。思ったけれど、吐き出した言葉の勢いは止まらなかった。

「好き…だ…から…襲おうと…思った…」
「誰が? 誰が誰を好きだって?」
「オ、オレが…お前を…」
「お前がオレの事を好きだから、だから無理矢理ヤろうと思ったって言うのか?」

 城之内の言葉に、オレはもう恥ずかしくて声が出せなかった。ギュッと強く目を瞑って、ただコクリ…と頷いて答える。

「いつから?」
「………っ」
「海馬」
「………もう…随分前…から…だ…」
「何で今更?」
「今日が…オレの誕生日…だから…」
「自分へのプレゼントに、一度だけセックスしとこうって?」
「………そうだ」

 ゆるゆるとオレの体内を探りながら、城之内の質問は続く。オレはもう何も隠せなくなっていた。ただ情けない想いに捕われながら、その質問に正直に答えていくだけだ。
 じわり…と目元が熱くなる。泣きたく無いのに…涙を堪える事が出来無かった。重力に負けて、眦から涙がボロリ…と零れ落ちる。その涙を、城之内は唇でちゅっと吸い取ってくれた。

「泣かないで」
「っ………ふっ…!」
「ゴメン。実はオレさ…さっきちょっと怒ってた。だってお前が枕営業するなんて言い出すから…」
「………っ」
「でもそれが嘘なんだって知って、安心したんだ。もう怒って無いから」
「迷惑…だろ…っ」
「何が?」
「こんなオレなんかが…好き…だなんて…言って…」
「そんな事ないよ。嬉しいよ」
「………嘘だ…」
「嘘じゃないよ。本当だよ。だってオレもずっと好きだったんだ」
「………っ?」
「でもお前はずっとオレに打ち解けなくて…。それに生きる世界も見ている物も全然違ったし、だから諦めてたんだけど…。でもお前からテストプレイの誘いを受けてさ、すっごい嬉しくて…」

 城之内はオレの泣き顔をペロペロと舐めながら、苦笑しながら口を開いた。
 困ったような顔はしているが、本当に戸惑っている感じは見受けられない。

「実はさっき、寝てなかったんだよ。何だか寝付けなくてベッドでゴロゴロしてたら、誰かが入って来る気配がしたからさ。ほら、オレ鼾かいて無かっただろ?」
「なっ………!?」
「そしたらお前があんな事やってきたじゃん? オレビビッてさぁ…。お前がこれを本気でやってきてるのか、それともただの冗談なのか分からなくて、暫く様子を見ようと思ったらこんな事に…」
「城…之…内…」
「さっきもさ、ディープキスした時に男相手なのに平気なのかって言ってただろ? 別に男相手が平気だって訳じゃねぇぜ? お前相手だから平気なんだよ」

 城之内はフワリと微笑んで、空いている方の手をオレの頭にポンと載せた。そして優しく頭を撫でてくれる。

「本当にゴメンな。オレの方からもちゃんとモーションかけるべきだった。そうすりゃお前一人に、こんな事させずに済んだのになぁ…」

 ニコニコとしながらそんな優しい事を言ってくる城之内に、オレはまた新たな涙が湧き上がってくるのを感じていた。それを隠しもせず、目が熱くなるまで盛大に泣きつつ、目の前の逞しい身体にしがみつく。

「好きだ…!!」
「うん。オレも好き。大好き」
「抱いてくれ…!!」
「うん、大丈夫。最初からそのつもりだし」

 城之内が優しく答えて、唇を顔に寄せてくる。前髪を掻き上げて額に一つ、少し降りてこめかみに一つ、頬にも一つ。もう片方の頬に、そして鼻先へ一つ。最後に唇に辿りつき、そこに甘いキスを何度も繰り返された。静かな寝室にチュッ…チュッ…という甘やかな軽い音が鳴り響く。オレはそれを、とても幸せな気分で聞いていた。
 キスを受けている間に体内の指は引き抜かれ、そこにいつの間にか先程の熱い塊が押し当てられている。一瞬先程の痛みを思い出して身体を竦めるが、城之内に「大丈夫だから、身体の力抜いてて」と優しく言われ背を撫でられた。それだけで心の底から安心して、オレは全身から力を抜いてその瞬間を待つ事にする。

「挿れるよ?」
「………あぁ」

 頷いて答えれば、城之内がぐっと腰を進めて来た。途端に内臓が押し出されるような強い圧迫感を感じて呻いてしまう。

「っ…! うっ…あぐっ…!」
「海馬…っ! ちゃんと息…して」

 息を詰めて呻けば、城之内が途中で侵入を止めてオレを気遣ってくる。背中を大きくて熱い掌で撫でられて、ハァハァと荒い呼吸を繰り返した。

「息止めないで。なるべく深く…深呼吸みたいにして。うん…そう」
「ふっ…はぁ…っ! ひっ…ぃっ…!!」

 はぁー…と深く息を吐き出せば、その瞬間を狙って城之内が奥まで入り込んでくる。痛くて苦しかったけれど、先程の様な酷い状況にはならなかった。ハッハッと短く息を吐き出しながら、ピッタリと重なり合った城之内の背中に腕を回す。じっとりと湿った背中は、城之内がそれだけ汗を掻いているという事だ。オレの身体を抱いて汗を掻いている城之内を、オレは心から愛しく感じた。

「奥まで…入ったよ…」
「んっ…! あ…あっ…!」
「動いていい?」

 コクコクと頷けば、体内に収まった城之内のペニスがズルリと引き抜かれ…そしてまた奥深くに突き刺さる。

「海馬…海馬…っ!!」
「ひっ…! あっ…あぁっ! やっ…あっ…んんっ!!」

 パンパンという皮膚が叩き付けられる乾いた音と、ジュップジュップという濡れた水の音。静かな寝室の中に、その二つが入り交じってオレの耳を犯す。酷く恥ずかしい筈なのに…何故だかその音に興奮してならなかった。

「うっ…! あぁっ! すっ…き…っ! 好き…だっ…!! 城之内ぃ…っ!!」

 あんなにも口にするのが恐ろしくて堪らなかった言葉が、今はスラスラと出てくる。自分に与えられる城之内の熱が、そして彼の言葉が…気持ちが、全てが愛しくて愛しくて堪らなかった。もう何も恐れる事はない。汗ばんだ身体を必死に抱き締めて、オレは今は苦痛から百八十度切り替わった快感を全力で受け止めていた。

「あぁ…っ! も、もう…!! おか…し…く…なる…!!」
「いいよ…おかしくなっても…っ。オレが…全部…受け止めてあげる…から…っ!」
「ダメ…っ! あっ…? い、いやっ…! ダ…メェ…っ!!」
「イきそ? いいよイッて」
「ふぁっ…!? あぅ…あっ…んっ!! あっ…!!」
「海馬…好きだよ。イッて?」
「うっ…あっ…あぁぁぁっ――――――――っ!!」

 耳元で優しく囁かれた声に、オレはついに我慢出来ずに溜った熱を吐き出してしまった。一度射精したというのに、トプトプと大量に精液が吐き出される。ビクビクと身体を震わせて吐精の快感に酔っていたら、城之内のペニスがググッ…と最奥まで突き刺さって来た。そしてそこでブルリと震え、次の瞬間ジワリ…と体内が熱くなるのに気付く。
 城之内が、オレで感じて、オレの体内でイッた瞬間だった。

「ゴメ…っ。中で…出しちゃった…」

 ゼェゼェと荒い呼吸をしながら汗だくで謝る城之内に、オレはフルリと首を横に振った。
 謝る事なんて何もない。むしろ城之内の全てを受け入れたようで、オレは嬉しかった。快感の余韻で痺れて気怠い身体を何とか起こして、そっと城之内の身体を抱き締める。

「嘘…みたいだ。こんな事になるなんて」

 オレの言葉に城之内は何も答えない。ただギュッ…と、オレの身体を抱き返してくれる。

「一度だけ身体を繋げて…それで終わりだと思っていた。それだけで、オレは自分の誕生日を幸せに過ごせる筈だった…」
「馬鹿だな…。そんな悲しい誕生日になんか、誰がさせるかよ」
「城之内…」
「誕生日おめでとう、海馬。好きだ。付き合ってくれ」
「っ………!!」
「この言葉がオレのお前に対する誕生日プレゼントだ。で、返事は?」

 ニッコリと笑いながらそんな言葉を口にした城之内は、汗ばんだ手で優しくオレの頭を撫でてくれた。その感触の気持ちよさに心底ウットリしながら、オレは微笑みを浮かべて黙って…そしてしっかりと一つ頷いた。



 十月二十五日の朝。
 オレは自室では無く、城之内の為に用意した客室で朝を迎えた。ベッドの中には勿論城之内もいて、オレを背後からギュッと強く抱き締めたまま気持ち良く眠っている。スゥスゥと首元に掛かる寝息に安堵しながら、オレは密かに笑みを浮かべた。

「眠っている振りをしても無駄だぞ…」

 オレを抱いている腕がピクリと反応する。

「鼾が聞こえないからな」

 オレの言葉に背後の男はクスクスと笑って、それでも眠った振りを続けながらオレの身体を強く抱き寄せた。裸の肌同士がじんわりと熱を伝え合って、オレはこんなにも幸せな気分で迎えられた自分の誕生日を、心の底から感謝していたのだった。